第七十話 創世の名
──天才錬金術師は常識を知らない
パリンッ。
呪核が完全に砕け散った。
黒い瘴気は消え去り、空を覆っていた重苦しい気配も薄れていく。
広場に静寂が訪れた。
暴走していたガルムは大きな身体を横たえたまま、荒い息を吐いている。
しかし、その瞳から狂気は消えていた。
「グルル……」
小さな唸り声。
先ほどまでの凶暴さはない。
アルマはほっと胸を撫で下ろした。
「よかったぁ……」
ルナも笑顔になる。
「助かったんだね」
シエルも頷いた。
「うん……生きてる」
だが。
フィーネだけは違った。
「創世の錬金術師……」
小さく呟く。
その表情は険しい。
アルマが首を傾げる。
「フィーネ?」
「……」
「ねぇ」
「……」
「フィーネー?」
「……はっ」
ようやく我に返った。
アルマは心配そうな顔をしている。
「大丈夫?」
フィーネはしばらく黙り込んだ。
そして。
「アルマよ」
「うん?」
「お主、自分が何者か考えたことはあるか?」
アルマは即答した。
「アルマ!」
「そういう意味ではない」
フィーネが頭を抱える。
ルナがくすっと笑った。
シエルも少し口元を緩める。
フィーネは深くため息を吐いた。
「まぁよい」
今の段階で話しても意味はない。
そう判断した。
まだ情報が少なすぎる。
あの影が何者なのか。
なぜアルマを知っていたのか。
創世の錬金術師とは何なのか。
分からないことだらけだった。
クラウスが近づいてくる。
「無事か?」
アルマが元気よく手を振った。
「うん!」
「そうか」
クラウスは少し笑った。
周囲の騎士たちも安堵している。
「助かった……」
「王都が半壊するかと思ったぞ」
「いや、半壊しかけてたぞ」
「それもそうだ」
兵士たちが苦笑する。
アルマはガルムへ近づいた。
「大丈夫?」
巨大な狼はゆっくり目を開く。
黄金色の瞳。
美しかった。
「……人の子よ」
低い声。
騎士たちが固まる。
「しゃべった!?」
「魔物が!?」
フィーネは平然としていた。
「高位種だからの」
ガルムはゆっくり起き上がる。
その巨体に周囲がざわついた。
だが。
もう敵意はない。
「感謝する」
アルマは笑った。
「ううん」
「苦しかったんだよね?」
ガルムは目を閉じる。
長い間。
呪いに蝕まれていた。
自我を失い。
暴れ。
多くを傷つけた。
その苦しみは想像もできない。
「……すまなかった」
誰へ向けた謝罪なのか。
きっと、自分自身へも含まれていた。
アルマはぽんぽんと鼻先を撫でた。
「もう大丈夫だよ」
ガルムは驚いた。
普通の人間なら恐れて近づかない。
だが。
この少女は違う。
助けた相手が魔物でも関係ない。
ただ助けたかっただけ。
その純粋さに。
ガルムは少しだけ笑った。
「変わった娘だ」
フィーネが即座に答える。
「それには同意する」
「ひどい!」
アルマが抗議する。
ルナが笑った。
シエルも微笑む。
ようやく空気が和らいだ。
その時だった。
遠くから馬車の音が聞こえる。
カラカラカラ。
やって来たのは王城の紋章を掲げた馬車だった。
クラウスが振り返る。
「来たか」
馬車から一人の男性が降りる。
豪華な服。
王の側近だった。
彼はアルマたちを見るなり深々と頭を下げた。
「アルマ殿」
「はい?」
「国王陛下がお呼びです」
フィーネが嫌そうな顔をした。
「またか」
側近は苦笑する。
「緊急とのことです」
「緊急?」
アルマはきょとんとする。
側近は頷いた。
「帝国の動きが活発化しています」
フィーネの目が細くなる。
「……」
「そして」
側近は続けた。
「国境付近で複数の呪災が確認されました」
その場の空気が変わった。
ルナが不安そうにアルマを見る。
シエルも表情を引き締める。
フィーネは静かに空を見上げた。
「やはりか」
呟く。
あの影。
帝国。
呪核。
全てが繋がり始めている。
アルマだけが首を傾げていた。
「呪災?」
「うむ」
フィーネは頷く。
「面倒事だ」
「また?」
「まただ」
「なんで?」
「お主が歩くからだ」
「えぇ!?」
フィーネは真顔だった。
ルナが吹き出す。
シエルも笑いを堪えている。
側近も肩を震わせていた。
そして。
誰も気づかなかった。
遥か遠く。
王都を見下ろす山の上。
黒いローブの男が立っていたことを。
「見つけたぞ」
男の瞳に宿る黒い光。
その視線は真っ直ぐアルマへ向けられていた。
「創世の錬金術師」
風が吹く。
ローブが揺れる。
そして男は静かに笑った。
「帝国も動く」
「神々も動く」
「世界はもう止まらない」
その言葉を残し。
男の姿は闇へ溶けるように消えた。
一方。
何も知らないアルマは。
「ねぇフィーネ」
「なんだ?」
「お腹すいた」
「……」
「王様のところ行く前にご飯食べたい」
フィーネは額を押さえた。
「お主は本当に……」
ルナが笑う。
シエルも頷く。
そして四人は再び歩き出す。
知らぬ間に。
世界の運命の中心へと近づきながら。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




