第六十九話 呪核の意思
──天才錬金術師は常識を知らない
「まずい!!」
フィーネの声が響いた。
黒い呪核から伸びた無数の腕が、一斉にアルマへ向かって襲いかかる。
まるで生き物。
いや。
それ以上だ。
そこには明確な悪意があった。
「ギギギギギギ……」
不気味な音が響く。
騎士たちが息を呑んだ。
「呪核が動いているだと!?」
「そんな馬鹿な!」
クラウスも表情を変える。
「知能を持っているのか……!?」
黒い腕は空中を這うように進む。
一本。
二本。
十本。
数十本。
王都の広場を覆い尽くすほどの量だった。
だが。
アルマはきょとんとしていた。
「?」
フィーネが叫ぶ。
「避けろ馬鹿者!!」
「ふぇ?」
次の瞬間。
黒い腕がアルマへ到達する。
そして。
ガシィッ!!
アルマを捕らえようとして――
パァァァッ!!
触れた瞬間に消滅した。
「…………」
場が静まり返る。
黒い腕が一本消える。
また一本。
さらに一本。
まるで雪が太陽に溶けるように。
次々と消えていった。
騎士たちが固まる。
「え?」
「今……」
クラウスが目を見開く。
フィーネは頭を抱えた。
「やはりか……」
シエルも呆然としている。
「浄化……?」
いや違う。
もっと根本的な何かだった。
アルマは首を傾げている。
「なんか触ったら消えた」
「なんかではない!!」
フィーネが即座にツッコむ。
「お主の神聖魔力が濃すぎるのだ!!」
アルマはますますわからない顔をした。
「そうなの?」
「そうなのだ!!」
フィーネは本気で疲れた顔になった。
黒い腕はなおも伸び続ける。
しかし。
アルマへ近づくたびに消えていく。
まるで相性が最悪だった。
呪いにとって。
アルマという存在そのものが。
「ギギギギ……」
呪核が脈打つ。
ドクン。
ドクン。
そのたびに空気が重くなる。
フィーネの目が細まった。
「おかしい」
ルナが振り向く。
「フィーネお姉ちゃん?」
「この呪核……」
フィーネは黒い結晶を睨む。
「普通の呪核ではない」
シエルも気づいていた。
「うん……」
「何かがいる」
その言葉に空気が張り詰めた。
クラウスも剣を構える。
「何か?」
フィーネは頷く。
「意思だ」
その瞬間。
黒い呪核が激しく震えた。
ドクンッ!!
空気が爆ぜる。
黒い霧が噴き出した。
騎士たちが後退する。
「なっ!?」
「まだ何かあるのか!」
霧は集まり。
人の形を作り始める。
頭。
腕。
胴体。
やがて。
黒いローブを纏った人影となった。
顔は見えない。
だが。
不気味な笑みだけが浮かんでいた。
「ほぅ」
低い声が響く。
「まさかここまで辿り着くとは」
騎士たちが剣を向ける。
「何者だ!」
だが。
影は答えない。
代わりに。
アルマを見た。
「見つけたぞ」
その瞬間。
フィーネの瞳が鋭くなる。
「お主……!」
影は笑う。
「錬金術師」
アルマは首を傾げる。
「誰?」
「…………」
影が少し固まった。
騎士たちも固まる。
クラウスが咳払いした。
フィーネは吹き出しそうになっている。
影は何とか気を取り直した。
「我を知らぬか」
「うん」
即答だった。
「……」
影の威厳が少し削れた。
アルマは純粋な目で尋ねる。
「誰なの?」
影は沈黙した後。
低く呟く。
「我は呪いを司る者」
フィーネの表情が険しくなる。
「司る……だと?」
「正確には欠片に過ぎぬ」
影は笑う。
「だが、お前たち程度なら十分だ」
黒い魔力が溢れ始める。
広場が震える。
騎士たちが身構えた。
だが。
アルマは違うところが気になっていた。
「ねぇ」
「なんだ」
「どうしてこんなことするの?」
影が止まる。
アルマは真っ直ぐ見ていた。
怒りではない。
憎しみでもない。
純粋な疑問。
「みんな苦しそうだったよ?」
影は少し黙った。
それから。
笑った。
「目的のためだ」
その言葉に。
アルマの表情が曇る。
どこかで聞いた言葉。
ベルグラドの時。
仮面の男も言っていた。
目的のため。
その一言で。
たくさんの命が苦しんでいた。
アルマは小さく拳を握る。
「……だめだよ」
「何?」
「苦しませるの」
空気が静かになる。
アルマは一歩前へ出た。
「目的があっても」
「夢があっても」
「それで誰かが泣くなら」
「私は嫌」
その言葉は幼い。
だが。
真っ直ぐだった。
影はしばらくアルマを見つめる。
そして。
くくく、と笑った。
「なるほど」
「面白い」
黒い霧が揺らぐ。
「やはりお前は特別だ」
フィーネが前へ出る。
「何を知っておる」
影は答えない。
代わりに。
意味深な言葉を残した。
「世界は動き始めている」
「八つの国」
「眠る神々」
「そして――」
影の視線がアルマへ向く。
「創世の錬金術師」
その瞬間。
フィーネの顔色が変わった。
「なっ!?」
だが。
問い返すより早く。
影の身体が崩れ始める。
「また会おう」
「錬金術師アルマ」
黒い霧が消える。
そして。
呪核も同時に砕け散った。
パリンッ。
静寂。
残されたのは。
苦しみから解放されたガルムと。
凍りついたフィーネの表情だった。
「フィーネ?」
アルマが不思議そうに声をかける。
しかし。
フィーネは珍しく余裕を失っていた。
「創世の錬金術師……だと……?」
その瞳には。
明らかな動揺が浮かんでいた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




