第六十五話 銀竜の少女
──天才錬金術師は常識を知らない
静かな風が吹いていた。
先ほどまで森を覆っていた黒い呪霧は、もうどこにもない。
崩れた木々。
抉れた大地。
戦いの激しさを物語る痕跡だけが残されていた。
その中心で。
銀髪の少女が、じっとアルマを見つめていた。
赤い瞳。
透き通るような白い肌。
そして。
頭の横から覗く、小さな角。
フィーネが目を細めた。
「……竜人族」
グランも驚いたように少女を見る。
「しかも、ただの竜人ではないな」
少女はふらりと身体を揺らした。
長い間呪いに繋がれていたのだ。
まともに立てる状態ではない。
アルマは慌てて駆け寄った。
「わっ、大丈夫!?」
少女は少し驚いたように目を瞬く。
「……あなた、近づくの?」
「え?」
「わたし……呪われてた……」
その声には、怯えが混じっていた。
アルマは首を傾げる。
「でも、もう大丈夫だよ?」
「……」
少女は固まった。
まるで、その言葉自体を信じられないように。
フィーネが静かに口を開く。
「アルマ、お主、鑑定眼で見てみよ」
「うん!」
アルマは少女を見つめた。
すると、いつものように半透明のウィンドウが浮かび上がる。
「名前:『不明』」
「種族:『古代銀竜族』」
「状態:『衰弱』『魔力欠乏』『呪侵食痕』」
「説明:『古代銀竜族の少女。極めて高純度の浄化能力を持つ希少種。その力を利用され、呪核の媒体にされていた』」
アルマは目を丸くした。
「古代銀竜族!?」
フィーネがため息を吐く。
「やはりか……」
ルナが首を傾げる。
「すごい種族なの?」
「すごいどころではない」
フィーネの表情は珍しく真剣だった。
「古代銀竜族は、伝説級の竜種だ。数が少なく、浄化と神聖魔力に特化した存在。神代の時代ですら滅多に見つからぬ」
グランも頷く。
「その力ゆえに、多くの者に狙われた種族でもある」
少女は俯いた。
小さく肩が震えている。
「……また、利用される」
アルマはきょとんとする。
「?」
少女は震える声で続けた。
「みんな、わたしの力が欲しかった……」
「……」
「血も、魔力も、全部」
フィーネの瞳が鋭くなる。
おそらく、帝国か。
あるいは呪術師たち。
この少女を“部品”として扱っていたのだろう。
アルマは少し考え込む。
そして。
「じゃあ、一緒に来る?」
全員が固まった。
「…………は?」
フィーネが間抜けな声を出す。
アルマは当然のように続けた。
「だって、行く場所ないんでしょ?」
「いや、そういう問題ではなく……」
「それに、一人だと寂しいよ?」
少女が目を見開く。
「……一緒に?」
「うん!」
アルマはにこっと笑った。
「うちは賑やかだよ!」
ルナもこくこく頷く。
「楽しい、よ?」
ミルもぷるぷる跳ねる。
「いっぱいたべる!」
「ミルは食べてるだけだろう」
フィーネが呆れる。
だが少女は、呆然とアルマを見ていた。
その瞳が少し揺れる。
「……わたし、怖くないの?」
「え?」
「わたし、竜だよ」
「うん」
「しかも、呪いに使われてた」
「うん」
「危ないかもしれない」
アルマは不思議そうに首を傾げた。
「でも、悪い子じゃないでしょ?」
少女が言葉を失う。
アルマは笑う。
「なら大丈夫!」
フィーネが額を押さえた。
「ほんとうに、お主は……」
グランがふっと笑う。
「はは……なるほどな」
その笑いには、どこか感心が混じっていた。
「だからこそ、神獣たちが惹かれるのか」
フィーネが小さく頷く。
「否定はできぬな」
少女は小さく俯いた。
長い銀髪が揺れる。
その頬を、一筋の涙が流れた。
「……あったかい」
ぽつりと零れる声。
アルマは笑顔のまま首を傾げる。
「?」
少女は涙を拭う。
「そんなこと、初めて言われた……」
ルナがそっと少女の手を握った。
「一緒、だね」
「……え?」
「わたしも、拾われたから」
少女の赤い瞳が揺れる。
フィーネが静かに口を開いた。
「まぁ、アルマについて行けば退屈はせぬ」
「それ、褒めてる?」
「半分はな」
ミルがぴょんぴょん跳ねる。
「なまえ!なまえ!」
アルマが目をぱちくりさせる。
「あ、そうだ!」
少女は不思議そうに見る。
「名前……?」
「うん!必要でしょ!」
アルマは腕を組んで悩み始めた。
「う~ん……銀色で、綺麗で、竜で……」
フィーネが嫌な予感を覚える。
「お主、また直感で決める気ではあるまいな」
「直感大事だよ?」
「大事ではない」
アルマはしばらく悩み。
そして。
ぱっと顔を上げた。
「シエル!」
少女が瞬きをする。
「……しえる?」
「うん!」
アルマは嬉しそうに笑う。
「空みたいに綺麗な色だったから!」
フィーネが呆れた顔をする。
「相変わらず感覚で生きておる……」
だが。
少女――シエルは、小さくその名前を口にした。
「シエル……」
その響きを確かめるように。
何度も。
そして。
ほんの少しだけ。
笑った。
「……うん」
赤い瞳が、優しく細められる。
「今日から、わたしはシエル」
アルマが満面の笑みを浮かべた。
「よろしくね!シエルちゃん!」
その瞬間。
遠く離れた森の奥で。
黒い霧が、静かに揺らいでいた。
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