第六十二話 黒き呪竜と帝国の影
──天才錬金術師は常識を知らない
黒い霧が森を覆っていた。
木々は枯れ、大地は腐り、空気そのものが濁っていく。
その中心。
巨大な竜が低く唸った。
「グルルルルルルルルルルルルルルルルルル……」
黒い外殻。
禍々しい赤い眼。
全身から溢れる呪い。
それはもはや生物というより、“災害”だった。
ルナが青ざめる。
「こ、これ……」
ミルは震えながらアルマの背中に隠れた。
「こわい……」
グランが牙を剥く。
「黒呪竜……!まだ存在していたとは……!」
フィーネの炎が揺らめく。
「厄介な相手だぞ、アルマ」
だがアルマは、じっと竜を見上げていた。
「……苦しそう」
その言葉に、フィーネが目を細める。
黒呪竜の身体には、黒い呪いの鎖のようなものが巻き付いていた。
まるで無理やり暴走させられているかのように。
アルマには見えていた。
「呪い……無理やり埋め込まれてる」
その時だった。
仮面の男が後ろへ下がる。
「では、我々はこれで失礼しよう」
フィーネが睨む。
「待て」
ゴォッ!!
炎が放たれる。
だが男の周囲を黒霧が覆い、その姿がぼやけた。
「無駄だ」
男は笑う。
「今日は“確認”だけだと言ったはずだ」
アルマが前へ出る。
「なんでこんなことするの!」
男は少しだけ沈黙した。
そして。
「目的のためだ」
以前と同じ言葉だった。
だがその声には、確かな狂気が混じっていた。
「帝国は、貴様を狙っているぞ──錬金術師」
「っ!」
フィーネの瞳が鋭くなる。
「ヴァルゼリオン帝国……!」
男は黒霧の中へ消えていく。
「また会おう、“規格外”」
次の瞬間。
完全に気配が消えた。
フィーネが舌打ちする。
「逃げたか……!」
だが。
それよりも問題があった。
「グォォォォォォオオオオオオオ!!!!」
黒呪竜が咆哮した。
轟音。
衝撃波だけで森が揺れる。
木々が吹き飛び、大地に亀裂が走った。
ルナが悲鳴を上げる。
「きゃっ!?」
グランが前へ飛び出す。
「下がっていろ!」
ドゴォォォン!!
巨体同士が激突した。
神獣級の狼と呪竜。
衝突だけで暴風が巻き起こる。
アルマの髪が激しく揺れた。
「す、すごい……!」
フィーネが叫ぶ。
「見惚れておる場合か!来るぞ!」
黒呪竜の口元が赤黒く光った。
次の瞬間。
ゴォォォォォッ!!
呪いのブレスが放たれる。
地面が腐りながら抉れた。
「アルマ!」
フィーネが翼を広げる。
巨大な炎の壁が展開された。
ブレスと炎がぶつかる。
凄まじい爆音。
熱風が吹き荒れる。
ルナが必死に目を閉じた。
ミルはぷるぷる震えている。
「ふ、ふぇぇ……」
フィーネが歯を食いしばる。
「っ……重い!」
神獣であるフィーネですら押されていた。
アルマはその光景を見つめる。
「呪いの濃度が高すぎる……!」
黒呪竜の内部。
そこに巨大な“呪核”が存在していた。
しかも一つではない。
何重にも。
「こんなの、無理やり埋め込まれてる……!」
グランが叫ぶ。
「アルマ!どうにかできるか!」
「やる!」
即答だった。
フィーネが目を見開く。
「おい待て!」
だがアルマは走り出していた。
「アルマお姉ちゃん!?」
ルナの叫び。
アルマは一直線に黒呪竜へ向かう。
呪竜の巨大な瞳がアルマを捉えた。
「グルァァァァァァッ!!」
前脚が振り下ろされる。
轟音。
大地が吹き飛んだ。
だが。
「わっ!?」
ギリギリでアルマは避けていた。
フィーネが青ざめる。
「お主、自分が何に突っ込んでおるかわかっておるのか!?」
「わかんない!」
「最悪だ!!」
アルマは黒呪竜を見上げる。
巨大。
圧倒的。
だがその瞳の奥には。
「……助けて、って言ってる」
苦しみが見えていた。
アルマは杖を握る。
「分解……解析……」
世界が静かになる。
アルマの瞳に、黒呪竜の内部構造が映った。
魔力。
骨格。
血流。
そして。
呪い。
複雑に絡み合った黒い鎖。
「見えた……!」
アルマは地面を蹴る。
「錬金術式展開!」
魔法陣が広がった。
それを見たフィーネが固まる。
「なっ……!?」
グランも目を見開く。
普通の錬金術師ではあり得ない。
詠唱なし。
巨大術式。
しかも瞬時展開。
アルマの足元から光が走る。
「分解するよ!」
次の瞬間。
黒呪竜の身体を覆っていた呪いが揺らいだ。
「グァァァァァッ!?」
苦しげな咆哮。
黒い鎖が浮かび上がる。
アルマはさらに魔力を流し込んだ。
「壊して……ほどいて……!」
バキィン!!
一本目の呪鎖が砕け散る。
同時に。
森全体を揺らすほどの絶叫が響いた。
黒呪竜の身体から黒霧が噴き出す。
フィーネが驚愕する。
「一撃で呪核を……!?」
だが。
その瞬間だった。
ズズズズズ……
地面が揺れる。
黒呪竜の背中。
そこからさらに巨大な呪いの塊が現れ始めた。
まるで“第二の核”。
フィーネの顔色が変わる。
「まだあるだと!?」
グランが低く唸る。
「いや……違う」
アルマも気づいていた。
「これ……中に、何かいる」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




