第五十八話 呪侵獣グランヴォルフ
──天才錬金術師は常識を知らない
森が震えていた。
巨大な黒狼は木々を押し倒しながら現れる。
その姿は異様だった。
本来の毛並みであろう黒銀色は、赤黒い呪いに侵され、身体の至る所から黒煙のようなものが噴き出している。
瞳も濁り、理性は感じられない。
「グルルルルル……!!!!!!!」
低い唸り声だけで空気が震えた。
密猟者たちが青ざめる。
「じょ、上位種だと!?!?」
「なんでこんな場所に!!!」
「逃げろ!!」
一瞬で統率が崩れた。
男たちは荷物を放り捨て、一斉に逃げ始める。
アルマはぽかんとしていた。
「わぁ……大きい…………………」
フィーネが即座に前へ出る。
「呑気な感想を言うな!かなり危険な個体だ!」
ルナはミルを抱き寄せた。
「ミルちゃん、こっち!」
「…………ウン!!」
グランヴォルフは逃げる密猟者たちではなく、アルマたちを見ていた。
いや。
正確には。
アルマを。
フィーネがそれに気づく。
「…………狙われておるな」
「え??」
次の瞬間。
ドンッ!!!
地面が爆ぜた。
グランヴォルフが突進する。
速い。
巨体とは思えない速度だった。
「アルマ!!」
フィーネが叫ぶ。
だが。
アルマは逃げなかった。
むしろ。
「わっ、筋肉の動きすごい」
観察していた。
「こんの馬鹿者ぉぉぉ!!」
フィーネが炎を放つ。
轟炎が狼へ直撃した。
しかし。
「グルァァァァァッ!!」
炎を振り払うように咆哮する。
呪気が炎を押し返した。
フィーネの目が細くなる。
「厄介だな……呪いで強化されておる」
アルマは狼を見つめていた。
その瞳が静かに解析を始める。
「名前:『呪侵獣グランヴォルフ』状態:『暴走』『呪侵蝕』説明:『森を守護する上位種。呪核により理性を失っている』」
「やっぱり」
アルマが呟く。
「呪核がある」
フィーネも頷いた。
「どこだ?」
アルマは目を凝らす。
黒い呪気。
流れ。
循環。
そして。
「胸の奥!」
グランヴォルフが再び飛びかかる。
今度はルナたちの方へ。
「ひゃっ!?」
ルナが固まる。
その瞬間。
アルマが前へ出た。
「風よ!」
ボォッ!!
突風が吹き荒れる。
グランヴォルフの身体がわずかに逸れた。
ズドォォォン!!
大木が吹き飛ぶ。
ルナが震える。
「た、助かった……」
アルマ自身も目を丸くしていた。
「わ、今の魔法?」
フィーネが呆れる。
「無意識で上級風魔法を使うな」
「え!?これ上級なの!?」
「普通は熟練魔導士が何年も鍛えてようやく扱える」
アルマは首を傾げた。
「そうなの?」
「そうなのだ!!」
その間にもグランヴォルフは咆哮を上げる。
呪気が周囲へ広がった。
草木が黒く染まり始める。
ミルが震えた。
「……イヤ」
ルナが抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だから」
アルマは杖を握る。
「助ける」
その声は静かだった。
フィーネはアルマを見る。
「できるか?」
「やる」
グランヴォルフが飛び出した。
アルマは前へ踏み込む。
恐怖はなかった。
ただ。
壊れているものを直したい。
その感情だけだった。
「構造解析開始」
世界が変わる。
狼の身体が光の線となって見えた。
筋肉。
骨。
魔力。
そして胸部に絡みつく黒い塊。
呪核。
「見えた」
グランヴォルフの爪が迫る。
だが。
アルマは避けない。
フィーネが驚愕する。
「なっ!?」
アルマは狼の身体へ直接手を触れた。
「分解」
瞬間。
黒い呪いが揺らいだ。
「グァァァァァァァッ!!」
狼が苦しみ始める。
呪核が抵抗するように脈動した。
アルマの周囲に膨大な魔力が溢れる。
風。
炎。
光。
複数属性の魔力が自然発生していた。
フィーネが息を呑む。
「また無意識で……!」
アルマは集中していた。
「これ、無理やり繋げてる……」
呪核は狼の生命力へ直接食い込んでいる。
雑に壊せば命まで消える。
だから。
「なら」
アルマの瞳が輝いた。
「繋ぎ直せばいい」
フィーネが目を見開く。
「は?」
常識外れだった。
呪核を安全に除去するなど、本来あり得ない。
だがアルマは迷わない。
「再構築」
淡い光が狼を包む。
黒い呪気が少しずつ剥がれていく。
グランヴォルフは苦しそうに吠えた。
しかし。
その瞳に。
わずかに理性が戻る。
「グ……ゥ……」
アルマはさらに魔力を流し込む。
「もうちょっと……!」
呪核が暴れる。
黒い棘がアルマへ伸びた。
だが。
ゴォォォォ!!
フィーネの炎がそれを焼き払う。
「好きにはさせん」
ルナも手を伸ばした。
「光よ……!」
淡い雷光混じりの光が狼を包む。
ミルも両手を合わせた。
「……ガンバレ」
四人の魔力が重なる。
そして。
パキン。
黒い核に亀裂が入った。
「今!」
アルマが叫ぶ。
「浄化!!」
眩い光が森を包み込んだ。
次の瞬間。
呪核は砕け散った。
黒い呪気が空へ溶けていく。
グランヴォルフの巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
静寂。
風が吹く。
そして。
狼はゆっくり目を開いた。
その瞳は、もう濁っていなかった。
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次回もお楽しみに




