第五十六話 黒煙の森
──天才錬金術師は常識を知らない
草原を抜け、四人は森の中へと足を踏み入れていた。
木々の隙間から差し込む光は少なく、昼間だというのに薄暗い。
風も止まり、空気が妙に重い。
アルマが辺りを見回す。
「なんか、じめじめしてる……」
フィーネが警戒したまま歩く。
「瘴気が流れておるな」
「しょうき?」
「呪いや負の感情が長く溜まることで発生する淀んだ魔力だ」
ルナが不安そうにミルの袖を掴む。
「大丈夫かな……」
ミルはこくりと頷いた。
「……ダイジョブ。デモ」
その黄緑の瞳が森の奥を見つめる。
「……ミンナ、コワガッテル」
アルマは小動物を抱えながら歩いていた。
その子は震えながら、奥へ奥へと案内している。
「ほんとにこの先なの?」
「キュル……!」
フィーネが鼻を鳴らした。
「かなり怯えておるな」
すると。
ガサッ。
茂みが揺れた。
ルナがびくっと肩を震わせる。
「ひゃっ!?」
アルマが杖を構える。
だが出てきたのは、小さなウサギのような魔物だった。
しかし様子がおかしい。
瞳が濁り、身体には黒い痣のようなものが浮かんでいる。
「……呪侵か」
フィーネが低く呟く。
その瞬間。
「ギギィッ!!」
小動物が突然飛びかかってきた。
「わっ!?」
アルマが驚く。
だがその前に。
バチッ!!
雷光が走った。
ルナの手から放たれた小さな雷だった。
魔物は地面に転がる。
「……え?」
ルナ自身が一番驚いていた。
「い、いま私……」
フィーネが頷く。
「無意識に魔法を放ったか」
アルマの目が輝く。
「すごい!!ルナちゃん初魔法!!」
「で、でも、勝手に……」
「感情に反応したのだろう。悪くない」
フィーネがそう言う間にも、倒れた魔物は苦しそうに呻いていた。
黒い靄が身体から漏れている。
アルマは近づき、そっと触れる。
「……やっぱり呪い」
解析が始まる。
構造。
魔力。
流れ。
そして。
「うわ……無理やり書き換えられてる」
フィーネが眉をひそめる。
「またあの仮面の男の類か」
アルマは魔物を見つめた。
「助けられるかな」
「可能だとは思うが、急げ」
アルマは頷く。
杖を掲げた。
「分解、再構築、浄化」
淡い光が広がる。
黒い靄が少しずつ剥がれていく。
魔物は苦しそうに震えたあと、静かに倒れた。
数秒後。
ゆっくりと目を開く。
濁っていた瞳は、元の優しい色へ戻っていた。
「キュ……?」
アルマが笑う。
「大丈夫?」
その小さな魔物は、ぺこっと頭を下げると、一目散に森の奥へ逃げていった。
ルナがほっと息を吐く。
「助かった……」
フィーネはアルマを見た。
「お主、浄化まで自然にやるようになったな」
「え?だって、壊れてるなら直したくなるし」
「ほんと常識が壊れておる」
その時だった。
ミルが急に立ち止まる。
「……!」
「どうしたの?」
ミルは森の奥を指差した。
「……イッパイ」
風が吹く。
そして。
微かに聞こえた。
ガシャン。
鎖の音。
フィーネの目が細くなる。
「……人間か」
四人は木陰へ身を隠した。
少し先。
開けた場所に、小さな檻がいくつも並んでいた。
その中には。
小動物型の魔物たちが閉じ込められている。
泣き声。
怯えた瞳。
黒いローブの男たちが数人、その周囲に立っていた。
「こいつらも売れば金になるだろ」
「変異種は特にな」
「最近は貴族連中が珍しい魔物を欲しがるからなぁ」
アルマの顔が曇る。
「……捕まえてる」
ルナもぎゅっと拳を握った。
「かわいそう……」
ミルは震えていた。
「……ナカマ」
フィーネが静かに言う。
「密猟者どもだな」
アルマが振り返る。
「どうする?」
フィーネは逆に聞き返した。
「お主はどうしたい」
アルマは少しも迷わなかった。
「助ける」
その瞬間。
フィーネが笑った。
「そう言うと思った」
アルマは杖を握る。
だが。
「でも普通に行ったら逃げられるよね……」
「ふむ」
するとミルが小さく手を挙げた。
「……ワタシ、デキル」
「え?」
ミルの身体がぷるぷる揺れる。
そして。
ぐにゃりと形が変わった。
数秒後。
そこにいたのは。
黒ローブの男だった。
「わっ!?」
アルマが驚く。
ルナも目を丸くする。
「す、すごい……!」
ミルは得意げに胸を張った。
「……ヘンシン」
フィーネが感心したように頷く。
「ほう、そこまで精度が高いか」
ミルはにこっと笑う。
「……オトリ、スル」
アルマの目が輝いた。
「作戦だ!!」
フィーネがため息を吐く。
「嫌な予感しかしないのだが」
しかしその口元は、少しだけ笑っていた。
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次回もお楽しみに




