第五十四話 名前をもらったスライム
──天才錬金術師は常識を知らない
ソリティア共和国、草原。
夜の気配が近づき、空には小さな星が浮かび始めていた。
戦闘の跡地には、焦げた草と消えかけた呪いの残滓だけが残っている。
アルマは地面にしゃがみ込み、先ほど浄化した呪獣の残骸を興味深そうに見ていた。
「へぇ〜……」
フィーネが呆れた顔をする。
「お主、普通は戦闘後に調べることではない」
「だって構造が気になるんだもん」
「気になるの方向性がおかしいのだ」
ルナが苦笑する。
その横では、メタモルスライムがぷるぷると震えながらアルマの近くをうろうろしていた。
もう先ほどのような怯えた様子は少ない。
むしろ。
「……キラキラ」
完全にアルマへ興味津々だった。
アルマが振り返る。
「ん?」
スライムはぴょこんと跳ねた。
「……タスケテクレタ」
「うん」
「……ヤサシイ」
フィーネが腕を組む。
「完全に懐かれておるな」
ルナも頷いた。
「うん……なんか、かわいい」
スライムはルナを見る。
「……カワイイ?」
「う、うん」
するとスライムは少しだけ身体を震わせた。
ぽよんっ。
表面が変化する。
「わっ!?」
ルナが驚く。
スライムの身体がぐにゃりと歪み、小さな耳のようなものが生える。
さらに。
人の顔のような輪郭が浮かび始めた。
アルマの目が輝く。
「変身してる!」
フィーネが頷く。
「メタモルスライムの擬態能力だ」
スライムはまだ不安定なのか、顔が半分崩れたり戻ったりしている。
「……ムズカシイ」
「すごいすごい!」
アルマは拍手した。
褒められたスライムは少し嬉しそうに震える。
フィーネは周囲を見回した。
「とりあえず移動するぞ」
「どうして?」
「また追手が来る可能性がある」
「あ、そっか」
アルマはスライムを抱え上げる。
「行こっか」
「……ウン」
そのまま三人と一匹は草原を歩き始めた。
少し離れた小高い丘。
そこに簡単な野営を作ることになった。
アルマはポケット錬金鍋を投げる。
ボンッ!
巨大化した鍋に、ルナが毎回驚く。
「ほんとに便利……」
「ね!」
アルマは楽しそうに素材を放り込み始めた。
薬草。
キノコ。
昼間に採った不思議な実。
フィーネが鍋を覗き込む。
「それ、本当に食えるのか?」
「たぶん!」
「不安しかない」
ルナが苦笑する。
その横でスライムは焚き火をじっと見つめていた。
炎が揺れるたび、身体の色が少しずつ変わる。
赤。
橙。
金。
まるで景色を映しているようだった。
アルマがその様子に気づく。
「すごい!」
「?」
「景色で色変わってる!」
スライムは少し照れたように縮こまる。
「……ヘン?」
「ううん!きれい!」
その瞬間。
スライムの身体がふわっと明るく光った。
ルナが目を丸くする。
「わぁ……」
フィーネも少し驚いた顔をする。
「感情で魔力色が変化しておるのか」
アルマはスライムの前にしゃがみ込む。
「ねぇ」
「?」
「名前、いる?」
スライムが固まった。
「……ナマエ?」
「うん!」
アルマは当然のように頷く。
「ずっと“メタモルスライムちゃん”じゃ長いし」
フィーネが苦笑する。
「お主はすぐ名を付けたがるな」
「だって名前ないと不便だよ?」
ルナも小さく頷いた。
「……名前、あったほうがいいと思う」
スライムは戸惑ったように揺れる。
「ワタシニ……ナマエ?」
「うん!」
アルマは少し考え込む。
「うーん……」
夜風が吹く。
焚き火が揺れる。
その光を受けて、スライムの身体は柔らかく金色に輝いていた。
アルマはふっと笑う。
「ミル」
「……ミル?」
「うん!なんか、やわらかい感じする!」
フィーネが呆れたように言う。
「相変わらず感覚で決めおる」
「いい名前だと思うけど?」
ルナも笑った。
「うん、かわいい」
スライム――ミルは、しばらく呆然としていた。
そして。
「……ミル」
自分の名前を、確かめるように呟く。
「ワタシ……ミル」
次の瞬間。
身体がふわっと光り始めた。
「わっ!?」
アルマが目を丸くする。
光はどんどん強くなり、スライムの形を包み込んでいく。
フィーネが目を細めた。
「……進化か?」
「進化!?」
光が弾ける。
そこに立っていたのは。
淡い苔色の髪をした、小柄な少女だった。
瞳は透き通るような黄緑。
服はスライムの身体が変化したのか、柔らかな布のように身体を包んでいる。
少女は自分の手を見つめた。
「……ヒト?」
ルナが驚く。
「女の子になってる……!」
アルマは目を輝かせた。
「かわいい!!」
ミルはふらふらしながら立つ。
まだ慣れていないのか、少し危なっかしい。
アルマが慌てて支える。
「大丈夫!?」
「……ダイジョブ」
フィーネは静かに観察していた。
「なるほど……」
「どうしたの?」
「名を得たことで、自我と擬態能力が安定したのだろう」
ルナが嬉しそうに笑う。
「ミルちゃん……!」
ミルは少し照れたように俯いた。
「……ワタシ、ミル」
アルマはにこっと笑う。
「うん!よろしくね!」
ミルは少しだけ迷ってから。
ぎこちなく笑った。
「……ヨロシク」
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