第五十一話 救いを求める声
──天才錬金術師は常識を知らない
ソリティア共和国、草原。
夕暮れはさらに深まり、空は橙から紫へと静かに溶けていく。
風が草を撫でる音だけが、やけに大きく感じられる時間だった。
アルマは両手いっぱいに素材を抱え、満足そうに笑っていた。
「いっぱい取れたよ~!」
草、鉱石、薬草らしきものまで、分類もなく詰め込まれている。
フィーネはその様子を見て、軽くため息をついた。
「うむ、よかったの」
「これ、全部使えるかなぁ?」
「使えるかどうか以前に、整理せい」
「えぇ〜?」
ルナはそのやり取りを見て、小さく笑っていた。
その瞬間だった。
「ザザッっと、草むらが揺れる」
アルマの動きが止まる。
「?」
フィーネの空気が変わった。
「下がれ!」
鋭い声。
ルナがびくりと肩を跳ねさせる。
次の瞬間。
「ザザッザザザッ!」
草が大きく揺れ、何かが這い出してきた。
ルナが目を見開く。
「スライム?」
草むらの中から現れたのは、苔色の小さな塊だった。
しかし、ただのスライムではない。
表面にはうっすらと模様のようなものが浮かび、まるで生物のような“意思”を感じさせる動き方をしている。
そして──
「アナタ、救い人?」
アルマの目が丸くなる。
「しゃべった!?」
フィーネが少し目を細めた。
「ふむ、珍しいな」
「知ってるの?」
「メタモルスライムか」
「メタモルスライム?」
フィーネは苔色の存在を見下ろしながら説明する。
「擬態能力を持つ特殊種じゃ。他者の姿や声を模倣し、環境に溶け込む」
ルナが不思議そうに覗き込む。
「じゃあ、今の声も真似?」
「いや、あれは自我だな」
フィーネは少しだけ真剣な声になった。
「この個体は珍しい。自我を持ち、言葉を発している」
アルマは興味津々で近づこうとする。
「ね、メタモルスライムちゃん?どうしたの?」
フィーネがすぐに止める。
「待て、アルマ」
「え?」
「不用意に近づくな」
だがアルマは止まらない。
一歩、二歩。
そしてしゃがみ込む。
「ぷにぷに?」
指先でそっと触れる。
柔らかい感触が指に伝わる。
ルナも恐る恐る近づいた。
「ほんとだ……柔らかい」
苔色のスライムは、少しだけ震えた。
「……アナタ、あったかい」
アルマは首をかしげる。
「ね、メタモルスライムちゃん?どうしたの?」
スライムは少し沈黙した後。
「……助けて、救って」
その言葉に、空気が変わった。
フィーネの目が細くなる。
「これは、何かあったようだの」
ルナも真剣な表情になる。
「助けるって……?」
アルマはまっすぐスライムを見つめた。
「なにがあったの?」
スライムは小さく揺れながら、言葉を続ける。
「ワタシ……壊される……」
「壊される?」
アルマが聞き返す。
スライムは震えながら続ける。
「ここじゃない場所……黒いヒトタチ……」
フィーネの表情が一瞬だけ険しくなる。
「黒い人間……?」
ルナが不安そうにフィーネを見る。
フィーネは小さく息を吐いた。
「おそらく、何者かに実験体として扱われていたな」
アルマはスライムを見つめたまま動かない。
「実験……?」
「魔物や希少種を捕らえ、改造・研究する者はどこにでもいる」
ルナが小さく震える。
「そんな……」
スライムはさらに小さくなるように縮こまった。
「逃げた……でも、追われる……」
フィーネは静かに周囲を見渡す。
草原。
静かだが、どこか違和感がある。
「アルマ」
「なに?」
「この個体、ただのスライムではない」
アルマはスライムを見つめる。
「うん」
フィーネは続ける。
「知性、擬態能力、自我……そして恐らく、改造の痕跡がある」
ルナが息を呑む。
「改造って……」
「意図的に能力を引き上げられておる可能性が高い」
アルマはしばらく黙っていた。
そして。
「ねぇ」
「なんだ?」
「助けられる?」
フィーネは即答しない。
少しだけ間を置く。
「……方法次第だ」
アルマはスライムを見る。
「助けてって言ってるよ」
スライムは弱々しく揺れた。
「……ワタシ、壊れたくない」
その言葉に。
アルマの目が少しだけ細くなる。
いつもの好奇心ではない。
静かな観察。
そして、理解。
「わかった」
アルマは言った。
フィーネが目を細める。
「アルマ」
「助ける」
短い言葉だった。
だが揺るがない意思があった。
ルナは少し不安そうにアルマを見る。
「でも、危ないんじゃ……」
フィーネが小さく笑う。
「今さらか」
アルマはスライムをそっと両手で包んだ。
「大丈夫。壊れないようにする方法、考える」
スライムは小さく震えた。
「……あたたかい」
フィーネはその様子を見ながら、空を見上げた。
(また厄介事を拾ったな)
だが、その顔は呆れながらも、どこか諦めていた。
草原の風が吹く。
その中で、小さな声が確かに芽生える。
救いを求める声は、もう止まらなかった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




