第三十五話 小さな霊獣と黒き残滓
──天才錬金術師は常識を知らない
風が草原を吹き抜ける。
先ほどまで暴れていた暴虐巨獣ベルグラドの姿は、もうどこにもなかった。
残されているのは、砕けた地面と、戦いの痕跡だけ。
そして。
アルマの腕の中で眠る、小さな白い霊獣。
「……すぅ」
規則正しい寝息。
アルマはほっとしたように笑った。
「寝ちゃった」
ルナがそっと覗き込む。
「かわいい……」
真っ白な毛並みはふわふわで、どこか神秘的だった。
長い耳が時折ぴくりと動く。
フィーネは腕を組みながら霊獣を見る。
「本来の姿に戻ったか」
アルマが首を傾げた。
「本来の姿?」
「あぁ。あの巨体は呪による暴走状態だったのだろう。本来は小型の霊獣だったようだ」
「へぇ〜……」
アルマは興味深そうに霊獣を持ち上げる。
すると霊獣がむにゃっと顔をしかめた。
「キュゥ……」
「わっ、ごめん」
慌てて抱き直す。
フィーネはそんな様子を見て小さく笑った。
「しかし、本当に驚いた」
「?」
「呪を分解しまた、浄化するなど、普通の錬金術師には不可能だ」
アルマはきょとんとしている。
「そうなの?」
「そうなのだ」
フィーネは呆れたように言う。
「普通、呪は“解除”か“破壊”だ。あそこまで精密に分解できる者などやはり聞いたことがない」
ルナもうんうんと頷いていた。
「アルマお姉ちゃん、すごかった」
「えへへ」
アルマは少し照れたように笑う。
だがフィーネの表情はすぐに真剣なものへ戻った。
「問題は、誰がこんなことをしたかだ」
空気が少し重くなる。
アルマも真顔になった。
「やっぱり、同じ人なのかな」
「可能性は高い」
フィーネは頷く。
「我の呪、ルナの呪核、そしてこの霊獣への侵食。全て系統が近い」
ルナが不安そうに聞いた。
「じゃあ……また襲ってくる?」
フィーネは少し考え込む。
「可能性はある」
その言葉にルナの肩が小さく震えた。
アルマはすぐにルナの頭を撫でる。
「大丈夫だよ」
「アルマお姉ちゃん……」
「今度はちゃんと守るから」
その声は優しかった。
けれど同時に、不思議な自信があった。
フィーネはその横顔を見る。
本当に。
この少女は恐れを知らない。
いや、恐れより先に“知りたい”が来るのだ。
だからこそ危うい。
だが同時に、世界を変えてしまう力がある。
「……やれやれ」
フィーネはため息を吐いた。
「とりあえずここを離れるぞ。さすがにあれだけ暴れれば、誰かが気づく」
「あ」
アルマが周囲を見回す。
草原はボロボロだった。
地面には巨大なクレーター。
焦げ跡。
魔力の残滓。
「……やりすぎた?」
「今更か」
フィーネが即答する。
ルナが苦笑いした。
「アルマお姉ちゃん、だいたいいつもやりすぎ……」
「えぇ〜?」
その時。
アルマの腕の中の霊獣が、ゆっくり目を開けた。
金色の瞳。
澄んだ、美しい目だった。
「キュ……?」
アルマと目が合う。
数秒の沈黙。
そして。
「キュイッ!」
霊獣がアルマの胸元へ飛びついた。
「わっ!?」
顔をすりすりしてくる。
かなり懐かれていた。
ルナが目を輝かせる。
「なついてる!」
フィーネも少し驚いていた。
「霊獣は基本的に警戒心が強いのだがな……」
アルマはくすぐったそうに笑う。
「はは、くすぐったいよ〜」
霊獣は嬉しそうに鳴いた。
「キュウ!」
アルマは少し考え込む。
「……名前いるかな?」
フィーネが呆れた顔をする。
「またその流れか」
「だって不便だし」
ルナも頷く。
「たしかに」
アルマは白い霊獣を見つめた。
ふわふわ。
白い。
小さい。
そして、どこか光みたいに綺麗だった。
「……ノア」
フィーネが片眉を上げる。
「ノア?」
「うん。なんかそんな感じ」
「相変わらず感覚で決めておるな」
だが霊獣は嬉しそうに鳴いた。
「キュウ!」
アルマが笑う。
「気に入ったみたい」
フィーネは肩をすくめた。
「まぁ、良い」
その時だった。
フィーネの表情が変わる。
「……っ」
空気を読むように目を細める。
アルマも気づいた。
「誰か来る?」
「あぁ」
フィーネは空を見る。
遠く。
空の向こうに、小さな影が見えた。
鳥。
いや違う。
人影だった。
「飛んでる……?」
ルナが驚く。
フィーネは低く呟いた。
「魔導飛行か。しかも速い」
影は一直線にこちらへ向かっている。
アルマは首を傾げた。
「知り合い?」
「いや」
フィーネの声が低くなる。
「だが、嫌な気配だ」
影はどんどん近づいてくる。
そして。
陽光を背に、一人の男の姿が現れた。
黒い外套。
銀色の仮面。
その周囲には、黒い靄のような魔力が漂っている。
アルマの目が細くなる。
「……この感じ」
フィーネが険しい顔で呟く。
「間違いない」
男の周囲から漂う気配。
それは、ベルグラドを侵食していた呪と酷似していた。
仮面の男が空中から三人を見下ろす。
そして。
ゆっくりと笑った。
「なるほど」
低い声が響く。
「私の呪を壊したのは、お前たちか」
空気が、一瞬で張り詰めた。
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次回もお楽しみに




