第三十三話 暴虐巨獣ベルグラド①
──天才錬金術師は常識を知らない
大地が揺れる。
巨体が一歩進むたび、草原そのものが震えていた。
黒い外殻に覆われた巨大な魔物。
無数の赤い瞳。
まるで山が意思を持って動いているかのような圧迫感だった。
「グォォォォォォオオオオッ!!」
咆哮が空気を裂く。
ルナが思わずアルマの服を掴んだ。
「こ、こわい……」
フィーネはすぐに二人の前へ出る。
炎のような魔力が周囲へ広がった。
「下がっておれ。あれは異常だ」
アルマはじっと魔物を見上げていた。
その瞳は恐怖よりも、観察の色が強い。
「……大きいね」
「そこではない!」
フィーネが即座にツッコむ。
「普通はまず恐怖を覚えるのだ!」
「えぇ?でも気になるし……」
アルマは杖を握り直した。
その瞬間。
視界に、いつものウィンドウが浮かび上がる。
『個体名:不明』
『種族:不明』
『状態:侵食進行』
『危険度:極大』
『説明:■■■■■■■■■■』
文字が乱れている。
まるで情報そのものが壊れているようだった。
アルマは目を瞬かせた。
「……壊れてる?」
フィーネの表情が険しくなる。
「どうした」
「説明が変なんだよね」
アルマは魔物を見つめたまま呟く。
「こんなの初めて見た」
「……」
フィーネも違和感を感じていた。
魔力の流れが異様なのだ。
まるで何か別の力が混ざっている。
それも、嫌な方向に。
巨獣が再び咆哮する。
その声と同時に、周囲の草木が黒く変色した。
ルナが震える。
「っ……!」
フィーネの瞳が細くなる。
「呪だ」
アルマが反応した。
「呪?」
「あぁ。しかも、かなり強力な類だ」
フィーネは低く呟く。
「自然発生ではありえん」
アルマの頭の中で、いくつかの情報が繋がる。
フィーネの傷。
ルナの呪核。
そして、この巨獣。
どれも“同じ気配”を感じた。
アルマはゆっくりと魔物を見る。
「……似てる」
「何がだ?」
「フィーネの呪いと、ルナちゃんの呪核」
フィーネの目がわずかに見開かれる。
「なに?」
アルマは目を閉じた。
意識を集中する。
解析。
構造理解。
魔力の流れ。
呪いの構成。
その全てを、無意識のうちに読み取っていく。
そして。
「……やっぱり」
アルマは確信した。
「同じ系統の力だ」
フィーネの表情がさらに険しくなる。
「それは本当か」
「うん」
アルマは頷いた。
「完全に同じじゃない。でも根っこが似てる」
巨獣の体表から漏れ出す黒い靄。
それは以前、ルナの中にあった呪核から感じたものと酷似していた。
フィーネは静かに舌打ちする。
「……面倒なことになってきたな」
ルナがおそるおそる聞く。
「この魔物も、呪われてるの?」
「おそらくな」
フィーネが答える。
「だが、ここまで巨大化するほどの呪など、普通ではない」
アルマはじっと巨獣を見る。
その姿はどこか苦しそうだった。
暴れているというより、暴れさせられているように見える。
「……かわいそう」
ぽつりとアルマが呟く。
フィーネが振り向く。
「何?」
「この子、苦しんでる」
ルナも魔物を見る。
よく見ると、黒い外殻の隙間から赤黒い模様が浮かんでいた。
脈打つように動いている。
まるで生きた呪いだ。
「……ほんとだ」
ルナが小さく言う。
アルマはゆっくり前へ出た。
「おい」
フィーネが止める。
「近づくな。危険だ」
「でも」
アルマは真っ直ぐ魔物を見上げる。
「助けられるかもしれない」
「相手は災害級だぞ」
「うん。でも放っておけない」
フィーネは眉を寄せた。
まったく。
こういうところが危なっかしい。
だが、その性格を嫌いにはなれなかった。
巨獣が再び咆哮する。
轟音。
風圧。
地面が割れる。
アルマの髪が激しく揺れた。
それでも彼女は逃げなかった。
むしろ、じっと観察していた。
「……名前、ないんだ」
「は?」
フィーネが聞き返す。
「この子、名前が不明ってなってる」
アルマは少し考え込む。
そして。
「じゃあ、付けよう」
「おい待て」
「うーん……」
アルマは巨大な姿を見上げた。
暴れ狂う巨獣。
山のような肉体。
圧倒的な暴力。
「ベルグラド」
フィーネが目を瞬かせる。
「……ベルグラド?」
「うん」
アルマはにこっと笑った。
「なんかそんな感じだったから」
「そんな感じで決めるものなのか……」
ルナは少しだけ笑った。
「でも、かっこいい」
その瞬間だった。
巨獣──ベルグラドの動きが、一瞬止まった。
「……っ?」
フィーネが目を見開く。
赤い瞳がゆっくりアルマを見る。
先ほどまでの暴虐的な殺気が、ほんのわずかだけ揺らいだ。
アルマも気づいた。
「……聞こえた?」
ベルグラドの口から低い唸り声が漏れる。
まるで反応しているようだった。
フィーネは警戒を強める。
「気を抜くな」
だがアルマは違った。
「ねぇ、フィーネ」
「なんだ」
「これ、倒すだけじゃダメかもしれない」
フィーネの目が細くなる。
「……どういう意味だ」
アルマはベルグラドを見る。
その身体を侵食する黒い呪い。
ルナの呪核と似た力。
フィーネを蝕んでいた呪。
全部が繋がっている気がした。
「この呪い、絶対に誰かが作ってる」
風が吹く。
黒い靄が揺れる。
アルマは静かに杖を握り締めた。
「その元を見つけないと、また同じことが起きる」
フィーネは数秒黙り込んだ。
そして小さく笑う。
「……ほんとうに、お主は厄介事へ突っ込む天才だな」
アルマは首を傾げる。
「そうかな?」
「そうだ」
フィーネはベルグラドを睨む。
「だが、まずは生き延びるぞ」
次の瞬間。
ベルグラドの巨腕が振り上げられた。
空が、影に覆われる。
「来るぞ!!」
大地を砕く一撃が、三人へ振り下ろされた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




