第二十九話 静かな誘いと見えない尾行
──天才錬金術師は常識を知らない
王都ソリティア、夕暮れの街。
パン屋の温かな灯りが通りを照らし、焼きたての香りが漂っている。
「いい匂い〜!」
アルマは嬉しそうに店の前で足を止めた。
「うむ、ここでよいだろう」
フィーネも頷く。
ルナは少し背伸びしながら店の中を覗く。
「いっぱいある……」
三人は店に入り、パンをいくつか選んだ。
焼きたての柔らかいパン、少し甘いもの、具材の入ったもの。
「どれにしようかな〜」
アルマは楽しそうに迷う。
「全部買うなよ」
フィーネが即座に釘を刺す。
「えー」
「予算を考えろ」
ルナは一つのパンを手に取る。
「これ、ふわふわ」
「それいいね!」
アルマも同じものを選ぶ。
会計を済ませ、三人は外に出た。
近くのベンチに座り、パンを食べる。
「おいしい!」
アルマが満足そうに言う。
ルナも頷く。
「うん……あったかい」
フィーネも一口食べ、静かに言う。
「悪くない」
穏やかな時間。
だが、その裏では変わらず視線があった。
屋根の上、通りの影。
複数の気配。
アルマはパンを食べながら、ふと呟く。
「ねぇフィーネ」
「なんだ」
「なんか、ついてきてるよね」
ルナが驚いて振り向く。
「え?」
フィーネは平然と答える。
「気づいたか」
「うっすらだけどね」
アルマはあっけらかんとしている。
ルナは少し不安そうにする。
「ついてきてるって……誰?」
フィーネは小さく息を吐く。
「十中八九、監視だな」
「監視?」
アルマは首をかしげる。
フィーネは周囲を一瞥する。
「王都に入ってからの動き、依頼、薬草の質、全てが目立ちすぎている」
「えー?」
アルマは不満そうにする。
「普通にやっただけなのに」
「それが普通ではないのだ」
ルナは少し怖そうにアルマの袖を掴む。
「どうするの?」
アルマは少しだけ考える。
そして、にこっと笑った。
「じゃあさ、誘ってみる?」
「……何?」
フィーネが目を細める。
「気になるし」
軽い理由。
だがその目は、わずかに鋭かった。
フィーネは数秒沈黙したあと、小さく頷く。
「……よかろう」
ルナはきょとんとする。
「どういうこと?」
アルマは立ち上がる。
「ちょっと遠回りして帰ろう」
三人はパンを食べ終え、そのまま歩き出す。
人通りの多い通りから外れ、少し静かな路地へ。
さらに進み、やがて人気の少ない場所へと移動する。
「ここならいいかな」
アルマが立ち止まる。
ルナは不安そうに周囲を見る。
「……誰もいない」
フィーネは静かに言う。
「いや、いる」
その瞬間。
気配が変わる。
影から、三人の男が現れた。
黒いフード。
顔は見えない。
だが明らかにただの通行人ではない。
「……やはり気づいていたか」
低い声。
アルマは手を振る。
「やっほー」
「お主……」
フィーネが小さく呆れる。
ルナは少し後ろに下がる。
「……こわい」
フィーネは前に出る。
「用件は何だ」
男の一人が一歩進む。
「単刀直入に聞こう」
その声は冷静だった。
「お前たちは何者だ」
アルマはあっさり答える。
「冒険者だよ?」
「……それだけか?」
「うん」
迷いがない。
男たちは一瞬沈黙する。
その様子を見て、フィーネが口を開いた。
「目的は調査、か」
男たちの空気がわずかに変わる。
フィーネは続ける。
「帝国の密偵が流した情報だろう。“凄腕の錬金術師が王都に現れた”」
ルナが驚いてフィーネを見る。
「え……」
男たちの一人が低く言う。
「……なぜそれを」
フィーネは淡々と答える。
「状況からの推察だ」
アルマはきょとんとしている。
「ていこく?」
フィーネは軽く説明する。
「別の国だ。ここソリティアとは異なる勢力」
「へぇ〜」
危機感がない。
男はゆっくりと頷く。
「……その通りだ」
認めた。
「我々は帝国の命により、お前たちを調査している」
ルナが小さく震える。
「どうするの……?」
アルマは少しだけ考えてから言った。
「別にいいよ?」
「は?」
男たちが戸惑う。
「調べたいなら調べれば?」
あまりにも軽い。
フィーネが小さくため息をつく。
「お主は……」
男たちは警戒を崩せない。
「……抵抗しないのか?」
アルマは笑う。
「する理由ある?」
沈黙。
その余裕が、逆に異様だった。
フィーネは一歩前に出る。
「ただし」
その声が少し低くなる。
「これ以上の干渉は許さん」
空気が張り詰める。
炎の気配が、わずかに揺らぐ。
男たちは一瞬だけ身構える。
フィーネの圧。
それは明確な警告だった。
しばらくの静寂のあと、男は口を開く。
「……理解した」
一歩下がる。
「本日はここまでにする」
三人の前から、ゆっくりと離れていく。
そして、影へと消えた。
静寂が戻る。
ルナがほっと息を吐く。
「……びっくりした」
アルマは首をかしげる。
「そんなに?」
フィーネは腕を組む。
「十分危険だ」
「でも大丈夫だったでしょ?」
アルマは笑う。
その無邪気さに、フィーネは目を細める。
「……そうだな」
ルナが小さく言う。
「なんか……アルマお姉ちゃんってすごい」
アルマは照れる。
「そうかな?」
フィーネは静かに言った。
「自覚がないのが一番厄介だ」
三人は再び歩き出す。
夜の街へ。
日常は続く。
だがその裏で──
帝国の視線が、確かに彼女たちを捉え始めていた。
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次回もお楽しみに




