第二十一話 王の試練と証
──天才錬金術師は常識を知らない
ソリティア城。
石造りの廊下は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
壁には古い紋章が刻まれ、等間隔に灯る魔導灯が淡い光を落としている。
その光の中を、アルマ・フィーネ・ルナの三人は案内されて歩いていた。
「……思ったより静かだね」
アルマが小さく呟く。
「王城とはそういうものだ」
フィーネは短く返す。
ルナはアルマの服の裾を握ったまま、周囲をきょろきょろと見回している。
「……広い」
その一言は、素直な感想だった。
先頭を歩く黒衣の案内人は振り返ることなく言う。
「この先が謁見の間となります。王がお待ちです」
その声は淡々としていたが、どこか張り詰めた空気を含んでいた。
やがて、廊下の突き当たりに巨大な扉が現れる。
両開きの扉には、獅子と剣の紋章が彫られている。
案内人が扉の前で止まり、ゆっくりと手を掲げた。
「──入室を」
重い扉が、ゆっくりと開く。
その先に広がっていたのは、巨大な謁見の間だった。
高い天井。
長く伸びる赤い絨毯。
そしてその奥、玉座。
そこに、一人の男が座っていた。
レオニス=ヴァルディオス・ソリティア。
ソリティア共和国の王。
その視線が、まっすぐに三人へと向けられる。
「……来たか」
低く響く声。
空間全体が、その一言で引き締まったように感じられた。
アルマは一歩前へ出る。
「えっと……呼ばれたので来ました」
その言葉に、場の空気がわずかに揺れる。
周囲の兵士たちが一瞬だけ緊張するが、王は手を軽く上げてそれを制した。
「よい」
王はゆっくりと立ち上がる。
その動き一つで、空気が変わる。
「顔を上げよ」
アルマは素直に顔を上げる。
真正面から王と目が合う。
しばしの沈黙。
「……ふむ」
王は小さく息を吐いた。
「思ったよりも幼いな」
「よく言われます」
アルマは悪びれずに答える。
その返答に、王の眉がわずかに動いた。
「ほう」
そして、ゆっくりと歩み出る。
「では問おう」
玉座から数歩、距離を詰める。
「お前が作ったとされる宝石。あれは本当に“ダンジョン産”か?」
アルマは少しだけ考えたあと、答えた。
「そう言って売りました」
「正直だな」
王は即座に返す。
フィーネが小さくため息をついた。
ルナは不安そうにそのやり取りを見ている。
王は続ける。
「では次だ」
「その宝石の精製精度。加工痕が一切ないにもかかわらず、均一な構造を保っていたと報告を受けている」
一歩、さらに近づく。
「普通の鍛冶師や錬金術師では不可能だ」
視線が鋭くなる。
「──誰が作った?」
その瞬間、空気が一気に重くなる。
兵士たちの手がわずかに武器へと伸びる。
だがアルマは、まったく気にした様子もなく答えた。
「私です」
即答。
間。
「……」
王はしばらく黙った。
そして。
「ふ、ははははははっ」
突然、笑った。
大きな声ではない。
しかし確かに、笑っていた。
「面白い」
王は肩を揺らしながら笑う。
「実に面白いな、お前は」
フィーネの目がわずかに細くなる。
ルナは驚いている。
アルマはきょとんとしていた。
「え、何が?」
王は笑いを収め、再び真剣な表情に戻る。
「通常、この問いには“嘘”か“誤魔化し”が返る」
「そうなんですか?」
「だが、お前は違う」
王はアルマをまっすぐ見た。
「何の迷いもなく“自分だ”と言った」
一歩、近づく。
「その意味がわかるか?」
アルマは首をかしげる。
「わかりません」
即答。
再び沈黙。
そして──
王は、今度こそはっきりと笑った。
「本当に規格外だな」
呆れと興味と、そして僅かな愉快さが混じった声。
「気に入った」
その一言で、場の空気が一変する。
フィーネが小さく呟く。
「……やはりこうなるか」
王は手を軽く振る。
「アルマ・フィーネ・ルナ」
名前を順に呼ぶ。
「お前たちに問う」
その声は、王としてのものだった。
「我が国に留まるつもりはあるか?」
アルマは一瞬だけフィーネを見る。
フィーネは何も言わない。
だが、その目は「判断を任せる」と語っていた。
アルマは少しだけ考えてから言った。
「うーん……今は旅の途中なので」
「そうか」
王はあっさりと頷く。
「ならば強制はせん」
そして、ゆっくりと手を上げた。
「だが」
その手が軽く鳴る。
その瞬間、兵士が一人進み出る。
手にしているのは三枚の金属板。
「これを」
王は言う。
「“貴族の証”だ」
アルマの目がぱちくりとする。
「え?」
「身分を保障する印章だ」
兵士がそれぞれに金属板を手渡す。
アルマ、フィーネ、ルナ。
三人の手に渡ったそれは、軽く、しかし確かな重みを持っていた。
「これで、お前たちはこの国において一定の権限と保護を受ける」
王は続ける。
「少なくとも、無用な拘束はされん」
アルマは金属板を眺める。
「へぇ……すごい」
ルナも興味深そうに見ている。
「……これ、もらっていいの?」
フィーネは静かに言う。
「王の意思だ。受け取って問題はない」
王はアルマを見たまま言う。
「気まぐれではない」
「お前は、価値がある」
その言葉に、アルマは少しだけ首をかしげる。
「価値……?」
王は短く答える。
「そうだ」
そして、ゆっくりと背を向けた。
「今後も、この国に足を踏み入れるなら、それを見せよ」
「その証は、お前たちの自由を守る」
玉座へ戻りながら、最後に一言。
「だが忘れるな」
「この国は、お前を見ている」
静かな警告。
しかし同時に、それは興味でもあった。
アルマはその言葉を、あまり深く理解していない。
ただ、手の中の証を見て小さく笑った。
「なんか、すごいのもらっちゃったね」
フィーネはため息をつく。
「……面倒ごとの始まりでもあるがな」
ルナは不安と興奮の混じった顔で言う。
「すごい……」
王の間の扉が、ゆっくりと開く。
三人は再び廊下へと戻る。
その背中を、王は静かに見送っていた。
「……錬金術師か」
小さく呟く。
「いや──あれは、それ以上かもしれんな」
王の視線は、まだ扉の先を見ていた。




