第二十二話 常識の温度差
──天才錬金術師は常識を知らない
ソリティア共和国 首都「ソリティア」。
王城を出た三人は、再び街の中へと戻っていた。
石畳の道には人々の往来があり、先ほどまでの緊張感が嘘のように、街は日常を取り戻している。
ただ一つ違うのは──三人の胸元に、小さな金属の紋章が光っていることだった。
貴族の証。
それは周囲の視線を、わずかに変えていた。
「それにしても」
フィーネが歩きながら呟く。
「お主はほんとに、変わっておるな」
「そう?」
アルマは首をかしげる。
まるで自覚がない。
ルナはその横で小さく頷いた。
「うん、あんなに怖い人の前で普通にしゃべってたから……」
「怖い人?」
アルマはきょとんとする。
「えっと、さっきの王様?」
「そうだ」
フィーネが即答する。
「普通は、あの場であれほど自然に振る舞える者はいない」
アルマは少し考えたあと、あっさりと言った。
「えぇ?そう?思ったことしゃべっただけだよ?」
その言葉に、フィーネは一瞬だけ沈黙した。
そして、深いため息をつく。
「……それが問題なのだ」
ルナは不思議そうにアルマを見る。
「アルマお姉ちゃん、怖くなかったの?」
「うーん……」
アルマは空を見上げる。
青く広がる空。
王城の重圧とはまるで別世界だ。
「怖いっていうのが、よくわからなかったかも」
その言葉に、フィーネの足が一瞬止まる。
「……は?」
「だって、話してただけだし」
アルマは悪気なく続ける。
「怒ってる感じもなかったし、普通に質問されただけだったよ?」
フィーネは額に手を当てた。
「……本当に常識がないな」
ルナが小さく笑う。
「でも、ちょっとかっこよかったよ」
「え?」
アルマが振り返る。
ルナは少し照れながら続ける。
「ちゃんと答えてて、堂々としてて……」
その言葉に、アルマはぱっと笑った。
「そっか!」
単純な反応。
だが、その無邪気さは周囲の空気を少しだけ柔らかくする。
フィーネは歩き出しながら言う。
「だがな、アルマ」
「なに?」
「王という存在は、ただの“怖い人”ではない」
アルマは首をかしげる。
「そうなの?」
「国そのものの意思だ」
フィーネの声は静かだった。
「お主が軽く言葉を交わした相手は、この国の全てを動かす存在だ」
ルナが少しだけ不安そうに呟く。
「そんな人だったんだ……」
アルマは少し考えたあと。
「でも、ちゃんと話してくれたよ?」
あっさりとした答え。
フィーネは再びため息をつく。
「そこが問題なのだ」
三人はしばらく歩く。
王都の通りは活気に満ちている。
商人の呼び声、子供たちの笑い声、馬車の音。
その中で、アルマはふと立ち止まった。
「ねぇ」
「なんだ」
フィーネが振り返る。
アルマは胸元の貴族証を見ている。
「これ、結構すごいの?」
ルナも覗き込む。
「なんか、キラキラしてる」
フィーネは淡々と答える。
「本来は、簡単には与えられぬものだ」
「へぇ」
アルマは特に感動した様子もない。
「でも、特に何か変わった感じはしないね」
その言葉に、フィーネは小さく目を細める。
「それが、さらに異常だと言っておるのだ」
ルナは小さく笑った。
「アルマお姉ちゃん、ほんとに変だね」
「えー?」
アルマは少し不満そうにする。
「普通だよ?」
フィーネは即座に返す。
「どこがだ」
間。
アルマは少し考える。
そしてぽつりと言った。
「だって、知らないこといっぱいあるし、知りたいし」
その言葉に、フィーネは一瞬だけ黙る。
ルナも静かに聞いていた。
アルマは続ける。
「怒られたり、怖い人がいたりするのは、まぁそういう世界なんだなって思っただけだし」
「でも、ちゃんと話せばわかることもあるんでしょ?」
その問いは、あまりにも自然だった。
フィーネは少しだけ視線を逸らす。
「……理屈では、そうだな」
アルマは笑う。
「じゃあ大丈夫だよ」
その言葉は、あまりにも軽い。
だが、不思議と嘘ではなかった。
ルナはその横顔を見て、小さく呟く。
「アルマお姉ちゃんって、ほんとに怖いものないんだね」
アルマは首を横に振る。
「怖いものはあると思うよ?」
「え?」
ルナが目を瞬かせる。
アルマは少しだけ真面目な顔になる。
「知らないことが増えるのは、ちょっと怖いかも」
フィーネがわずかに目を細める。
アルマは続ける。
「でも、それって面白いことでもあるから」
その瞬間、空気が少しだけ変わる。
ただの無邪気さではない。
その奥にある、止まらない好奇心。
それをフィーネは理解していた。
「……やはり規格外だな」
小さく呟く。
アルマはそれを聞いて振り返る。
「またそれ?」
「事実だ」
即答。
ルナは楽しそうに笑う。
「なんか、アルマお姉ちゃんといると飽きないね」
アルマは嬉しそうに胸を張る。
「でしょ!」
フィーネは肩をすくめる。
「褒めておらん」
しかし、その声にはわずかな諦めと、微かな安心が混じっていた。
三人はそのまま通りを進む。
王都は広い。
まだ知らない場所ばかりだ。
そしてその中心には、確かに彼女たちを見ている存在がある。
だが今はまだ、それを知る者はいない。
アルマは前を見て言う。
「次、どこ行く?」
ルナが答える。
「服屋さん、かな?今度はちゃんと見よ」
フィーネが短く言う。
「あぁ。まずはそれでいい」
三人の足は、再び日常へと向かう。
だがその歩みの先にあるものは──
まだ誰も知らない。




