第十六話 名を授かるもの
──天才錬金術師は常識を知らない
「う〜ん……」
アルマは腕を組み、真剣に悩んでいた。
目の前には、不安そうにこちらを見上げる少女。
名前を待つように。
「……」
しばらくの沈黙。
フィーネはその様子を静かに見守っていた。
「決めた」
アルマが顔を上げる。
「“ルナ”ってどう?」
少女が瞬きをする。
「ルナ……?」
その言葉を、確かめるように繰り返す。
アルマはにこっと笑った。
「うん。なんかね、優しくて、でもちょっと神秘的な感じがするから」
理由は、感覚的だった。
けれど──どこかしっくりくる。
フィーネも小さく頷いた。
「悪くない名だ」
少女は少しだけ戸惑いながらも、口にする。
「……ルナ」
その瞬間。
わずかに空気が揺れた。
まるで、その名が“定まった”かのように。
「うん、ルナ!」
アルマが嬉しそうに頷く。
「今日からあなたはルナだよ!」
少女──ルナは、ゆっくりと微笑んだ。
「……うん」
その表情は、まだぎこちない。
けれど確かに、少しだけ安心していた。
「よろしくね、お姉さん」
アルマは少し考えてから言った。
「私はアルマ!」
そしてフィーネを指差す。
「こっちはフィーネ!」
フィーネは軽く一礼する。
「よろしく頼む、ルナ」
「うん……!」
小さな声で返事。
三人の間に、柔らかな空気が流れる。
──その後。
「とりあえず、ご飯食べよっか」
アルマが言う。
「お腹空いてるでしょ?」
ルナは少しだけ考えてから、こくりと頷いた。
「……うん」
フィーネが付け加える。
「体力も回復せねばな。呪に侵されていた影響もある」
三人は部屋を出て、一階の食堂へ向かった。
宿の中は、賑やかだった。
旅人や商人たちが、食事を楽しんでいる。
「おぉ、その嬢ちゃん。無事だったか」
宿の主人が声をかける。
アルマは軽く手を振った。
「うん!」
席につく。
料理が運ばれてくる。
パン、スープ、焼いた肉。
ルナはそれをじっと見つめる。
「……」
「どうしたの?」
アルマが聞く。
ルナは小さく首を振る。
「……食べたこと、あるはずなのに……思い出せない」
アルマは少しだけ表情を曇らせた。
だがすぐに笑う。
「じゃあ、これが“最初”だね!」
パンをちぎって差し出す。
「はい、あーん」
「え?」
戸惑うルナ。
フィーネが横で呟く。
「親らしいことをする気か……」
「だってそう決めたし」
アルマは当然のように言う。
ルナは少しだけ迷ってから──
ぱくり、と食べた。
「……!」
目が、わずかに開く。
「……おいしい」
その一言に、アルマは満足そうに笑った。
「でしょ!」
フィーネも、どこか穏やかな目でその様子を見ていた。
──こうして。
名前を得て、居場所を得た少女と。
常識を知らない錬金術師と、不死鳥。
三人の奇妙な“家族”の旅が、静かに始まっていく。
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次回もお楽しみに




