第十五話 名前のはじまり
──天才錬金術師は常識を知らない
──神のいる世界。
「ふぅ~ん、面白いことになってるね〜」
白い空間の中、あの男──神はくつくつと笑っていた。
「やっぱり、彼女を転生させたのは間違いじゃなかったね」
どこか楽しげに、指先で空間をなぞる。
その先には、アルマたちの姿が映っている。
「これからが楽しみだ」
軽い声。
だが、その瞳だけは静かに細められる。
「がんばってくれよ? 君の行動で、この世界の命運が決まるのだから」
──場面は戻る。
ソリティア共和国、城門前。
「……ねぇ……」
アルマが小さく呟く。
「なんだ?」
「大丈夫、だよね?」
背負った少女を気にしながらの言葉。
フィーネは落ち着いて答える。
「あぁ。その辺の者に、この子供のことは分からん」
ちらりと少女を見る。
「他から見ればエルフに見える。それに、この国は魔族との交流もしている」
「うん」
「万が一、魔族だとバレても問題はない。それと──吸血鬼族だとしても、太陽による弱体化の有無など、人間には区別できん」
アルマはほっと息をついた。
「そっか……よかった」
そのとき。
「次!」
門番の声が響く。
「あ、はい!」
アルマが前に出る。
「身分を証明できるものは?」
「あ、あのこれ……冒険者カードです」
差し出す。
門番はそれを確認し、頷いた。
「……通って良し」
そして、フィーネと少女を見る。
「そちらの二人は?」
フィーネは自然に答える。
「私達はアルマの身内だ」
門番は少し迷ったが、やがて肩をすくめた。
「……そうか。まぁいい、通って良し」
門が開く。
アルマは一歩、足を踏み入れた。
──ソリティア共和国 首都「ソリティア」。
石畳の道。
行き交う人々。
立ち並ぶ店。
「ほんとに入れちゃった」
アルマがぽつりと呟く。
「まずは宿を探す」
フィーネが言う。
「そこで、この娘が目を覚ますのを待つとしよう」
「うん!」
二人は街の中を歩き、ほどなくして一軒の宿に入った。
木の香りのする落ち着いた場所。
部屋を取り、少女をベッドへ寝かせる。
静かな時間が流れる。
やがて──
「……っ……ぅ……?」
少女のまぶたが、わずかに震えた。
「あ、目、覚めた?」
アルマが顔を近づける。
少女はゆっくりと目を開いた。
ぼんやりとした視線。
「……お姉さん、誰?」
か細い声。
そして──
「あれ? 私……」
言葉が止まる。
フィーネが一歩近づいた。
「少し失礼」
そっと少女の額に触れる。
淡い炎のような光が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「……ふむ」
手を離す。
「記憶がないな」
「え?」
アルマが驚く。
フィーネは静かに言った。
「我の力で記憶を覗いたが……“記憶がない”。完全に、だ」
アルマは言葉を失う。
少女は、不安そうに二人を見ていた。
「……これは、おそらく」
フィーネが続ける。
「長い間、呪に侵されていたせいだろう。記憶まで侵食し、消してしまったのだ」
「そんな……」
アルマの声が小さくなる。
部屋に、重たい沈黙が落ちる。
「どうしたものか……」
フィーネが腕を組む。
そのとき。
「……ねぇ」
アルマがぽつりと呟いた。
「もう、うちの子にする?」
「なに?」
フィーネが目を細める。
アルマは真っ直ぐに言った。
「親が見つかるまで、私達が親ってことで」
フィーネは少し考える。
「……なるほど。しかし、その親がこの子を売った可能性もあるぞ」
アルマは即答した。
「その時は、そいつらをぶっ飛ばして、私達が親になればいいよ」
「はぁ……」
深いため息。
だが、その口元はわずかに緩む。
「お主はぶっ飛んでおるな」
「なにそれ〜……」
アルマが不満そうに頬を膨らませる。
フィーネは肩をすくめた。
「しかし、親代わりというのは悪くない」
少女へと視線を向ける。
「子は親を見て育ち、親もまた子を見て育つと聞く」
そして、アルマを見る。
「常識を知らんお前さんには、いい勉強だろう」
「む〜……」
納得いかない顔。
フィーネは小さく笑った。
「ははっ」
その様子を、少女はぽかんと見ていた。
「???」
フィーネが言う。
「そうと決まれば、名を与えねばな」
「あ、そうか……」
アルマは腕を組み、考え込む。
「う〜ん……」
少女は、不安そうに見上げる。
まだ何も持たない存在。
名前すらない、空白の子。
アルマはその子を見つめて──
ゆっくりと口を開いた。
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