第百十四話 崩れ始める第三層と“残された人間”
──天才錬金術師は常識を知らない
地下第三層。
その空間は、もはや「遺跡」と呼ぶには生ぬるかった。
壁は脈動している。
床は微かに呼吸しているように揺れている。
そして空気そのものが重い。
「……これは」
レイナが剣を構えたまま呟く。
「遺跡じゃない……生きている?」
バルト魔導師長が震える声で補足する。
「違う……これは“構造物”ではなく“存在”じゃ……」
ゼクトが周囲を睨む。
「調査隊が消えた理由はこれか……」
そしてその中心にいる“元調査隊員”。
金属と石と肉が混ざったような姿の男は、まだ立っていた。
「帰れ……」
「ここは……開けてはいけない場所だ」
その声は、かろうじて人の形を保っていた。
だが意識は明らかに擦り切れている。
ルナが小さく震える。
「この人……助けられないの?」
エリシアが首を振る。
「肉体の問題じゃないわ」
「“何か”に侵食されてる」
シエル。
「怖い……」
ミル。
「……いや」
きゅる。
「きゅ……」
ギガルドが低く唸った。
グルルル……
フィーネは静かに目を細める。
「これは古代の呪いではない」
「もっと根源的な“同化”じゃ」
アルマはその男をじっと見ていた。
そして一歩近づく。
「ねえ」
「苦しい?」
その瞬間。
男の目が揺れた。
「……やめろ」
「近づくな」
だがアルマは止まらない。
「だって」
「泣いてるよ」
その一言。
空気が止まる。
ゼクトが低く叫ぶ。
「アルマ!下がれ!」
レイナも動く。
「危険です!」
しかし遅い。
男の体から黒い魔力が溢れ始める。
ズズ……ズズズ……
壁が軋む。
床が鳴る。
天井から砂が落ちる。
「……ああああああああ!!」
男が叫んだ。
叫びは人間のものではなかった。
「来るな!!」
「目覚める!!」
「“結晶”が!!」
その瞬間。
地下全体が激しく振動した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
フィーネ。
「まずいの」
ガイゼルが剣を抜く。
「全員退避しろ!!」
しかし。
アルマは動かなかった。
「結晶……?」
「それって、さっき言ってたやつ?」
男は震えながら叫ぶ。
「それが……それが俺たちを……!」
「飲み込んだ……!」
「助けてくれ……!」
「もう……戻れない!!」
その瞬間。
男の体が崩れ始める。
金属が割れ。
石が砕け。
肉が黒く染まる。
レイナ。
「崩壊する!」
ゼクト。
「離れろアルマ!」
だがアルマは一歩踏み出した。
「じゃあ」
「助ける」
全員。
「「無理だ!!」」
その時。
アルマの手が男に触れた。
その瞬間。
異変が起きる。
ビィィィィィィン!!!
空気が震えた。
黒い侵食が止まる。
男の崩壊が一瞬だけ静止する。
「……え?」
エリシア。
「魔力反応が……消えた?」
バルト。
「いや違う……」
「“中和”されている……!?」
フィーネの目が鋭くなる。
「アルマの錬金術か……!」
アルマは困ったように笑う。
「よく分かんないけど」
「悲しいのがちょっと分かったから」
「ちょっとだけ、変えてみた」
その瞬間。
男が涙を流した。
「……ああ」
「俺は……」
「まだ……人か……?」
だが次の瞬間。
地下の奥から。
ドクン。
強烈な鼓動。
ドクン!!
空間そのものが揺れる。
ゼクト。
「来る!!」
ガイゼル。
「全軍警戒!!」
そして。
第三層の奥の闇が裂ける。
黒い光。
巨大な結晶の一部が姿を現した。
それはただの鉱石ではない。
“意思”そのものだった。
フィーネが呟く。
「……これが原因か」
エリシア。
「何あれ……」
ルナ。
「こわい……!」
シエル。
「動いてる……!」
アルマはじっと見上げる。
「きれい……」
全員。
「「どこが!?」」
その瞬間。
結晶が“視た”。
そして声が響く。
《——適合個体確認》
《——観測対象:アルマ》
《——接続開始》
ガイゼルの顔が険しくなる。
「……まずいな」
「これは“目覚め”ではない」
「“接続”じゃ」
ゼクト。
「陛下……どういう意味ですか」
ガイゼルは静かに言った。
「地下に眠っていたのは」
「遺跡ではない」
「意思を持つ“核”じゃ」
その言葉と同時に。
第三層全体がゆっくりと“起き上がり始めた”。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




