第百二話 帝国への街道と“追跡の影”
──天才錬金術師は常識を知らない
帝国へ続く街道は、王都周辺とは空気が違っていた。
整備はされているはずなのに、どこか冷たい。
風が吹くたびに草が揺れる音がやけに大きく聞こえる。
アルマたちはその街道を歩いていた。
きゅる。
「きゅー♪」
生きている荷車は相変わらず上機嫌で、車輪を軽快に回しながら進んでいる。
その荷台の上では。
ミルが丸くなって眠っていた。
「……すぅ」
ルナが後ろを振り返る。
「ほんとに平和だよね、この辺」
シエルが笑う。
「逆に怖いくらい静かかも」
エリシアは周囲を警戒していた。
「静かすぎるのよ」
「こういう場所は、何かいる」
フィーネも空を見上げる。
「うむ」
「帝国へ近づくほど“監視の目”が増える」
アルマは首を傾げる。
「監視?」
「誰が?」
フィーネは短く答える。
「帝国じゃ」
その言葉の直後だった。
ザッ。
草むらが揺れた。
全員が一瞬で構える。
シエルが剣に手をかける。
「今の!」
ルナが魔力を練る。
「魔物……?」
しかし。
現れたのは魔物ではなかった。
黒い外套をまとった人影。
一人。
二人。
三人。
無言。
顔は見えない。
だが明らかに“こちらを見ている”。
エリシアの目が鋭くなる。
「帝国の追手……?」
フィーネが小さく舌打ちする。
「早速か」
アルマはのんきだった。
「こんにちは?」
その瞬間。
空気が凍る。
黒い影の一人が一歩前に出た。
「アルマ」
低い声。
「帝国より“確認任務”だ」
ルナが身を固くする。
「確認……?」
影は続ける。
「貴様が“対象個体”かどうか」
シエルが叫ぶ。
「個体って何!?」
エリシアが剣を抜く。
「やっぱり敵ね」
しかしアルマは首を傾げるだけだった。
「私、アルマだよ?」
影はしばらく沈黙した。
そして。
「一致」
その言葉と同時に。
周囲の空間が歪む。
ザザッ。
草原に魔法陣が浮かぶ。
ルナが叫ぶ。
「結界!?」
フィーネが翼を広げる。
「やはり来おったか!」
エリシアが前に出る。
「アルマ、下がって!」
しかしアルマは動かなかった。
「なんで?」
「話してるだけだよ?」
シエルが叫ぶ。
「違うよ!」
「それ絶対戦うやつだよ!」
影が手を上げた。
「確保する」
その瞬間。
空間が“折れる”。
見えない壁がアルマたちを包み込もうとする。
ルナが魔力を放つ。
「防御結界!」
バチィン!!
衝突。
衝撃。
大地が割れる。
フィーネが叫ぶ。
「転移系拘束結界じゃ!」
「空間ごと捕まえる気か!」
エリシアが剣で斬りかかる。
「切れるの!?」
しかし刃は空間に弾かれる。
「くっ……!」
シエルが焦る。
「強すぎる!」
ミルが目を覚ます。
「……なに?」
「……うるさい」
きゅるが震える。
「きゅ……!?」
アルマはようやく少し真面目な顔になる。
「捕まえられそう?」
フィーネが怒鳴る。
「そういう問題ではない!」
その時だった。
影の一人が呟く。
「報告」
「高反応個体」
「危険度上昇」
エリシアが睨む。
「やっぱり“危険物扱い”ね」
アルマはぽつりと言う。
「私、危ないの?」
ルナが慌てる。
「違う違う!」
「相手が勝手にそう言ってるだけ!」
シエルも必死に言う。
「アルマお姉ちゃんは危なくないよ!」
フィーネが小さく息を吐く。
「いや」
「危ないには危ないが……方向性が違う」
エリシアが突っ込む。
「そこ否定しないのね!?」
その時。
影の中央が動いた。
他より明らかに格上の気配。
「対象回収優先」
「抵抗は排除」
空間が一気に圧縮される。
ルナの結界が軋む。
「持たない!」
シエルが叫ぶ。
「どうするの!?」
エリシアが歯を食いしばる。
「突破するしかない!」
フィーネが翼を広げる。
「ならば燃やすのみじゃ!」
黄金の炎が広がる。
しかし。
アルマは一歩前に出た。
「待って」
全員。
「「「え?」」」
アルマは影を見ていた。
そして言う。
「あなたたち、帝国の人?」
影は沈黙する。
アルマは続ける。
「私、行く途中なんだけど」
「案内してくれる?」
一瞬。
空気が止まる。
エリシアが崩れ落ちる。
「何言ってるのよ!?」
シエルが叫ぶ。
「敵だよ!?敵!」
ルナも青ざめる。
「お姉ちゃん!?!?」
フィーネですら固まる。
「……正気か?」
しかし影は。
動きを止めた。
そして。
「……再評価」
「対象の行動、非予測」
「危険度判定更新」
エリシアが叫ぶ。
「ほら!危険度上がってる!」
アルマは首を傾げる。
「でも怒ってないよ?」
影はしばらく沈黙し。
そして。
「……案内許可」
その言葉と同時に。
結界が一部開く。
全員が凍る。
ルナが小さく言う。
「え……通ったの……?」
シエルが混乱する。
「どういう基準!?」
フィーネは額に手を当てる。
「……帝国はやはり狂っておる」
エリシアはため息をついた。
「もう驚くの疲れたわ」
ミルはぽつりと言う。
「……アルマ」
「……すごい」
きゅるは元気よく鳴く。
「きゅー!」
影たちは静かに道を開ける。
まるで“通すべき存在”として認識したかのように。
そして。
アルマは笑う。
「ありがとう!」
その言葉に。
影の一人がわずかに動きを止めた。
まるで。
理解できないものを見るように。
しかし。
それでも彼らは進む。
帝国へと続く街道の先へ。
その奥で。
ヴァルゼリオン帝国は静かに。
彼女たちの到来を待っていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




