第百一話 帝都への招待状
──天才錬金術師は常識を知らない
王都ソリティアの夜は静かだった。
だがその静けさは、どこか張り詰めている。
宿の窓から見える月は妙に白く、まるで何かを見下ろしているようだった。
アルマはベッドの上でごろごろ転がっている。
「帝国かぁ……」
「どんなところなんだろ?」
ミルはきゅるの荷台の中で丸まっている。
「……帝国」
「……怖い?」
ルナは隣で毛布を整えながら首を振る。
「怖いっていうか……危ない人が多いかも」
シエルが元気よく言う。
「でも楽しそう!」
エリシアはその言葉に少しだけ苦笑する。
「楽しいで済む場所じゃないと思うけど」
フィーネは窓の外を見たまま、静かに言った。
「いや」
「今のアルマなら、どこへ行っても騒ぎになるだけじゃ」
「それはそれで問題だがの」
「ひどい!」
アルマが頬を膨らませる。
グルル。
窓際でギガルドが眠っている。
その蒼い毛並みは月光を受けて淡く光っていた。
きゅるは部屋の隅で車輪をゆっくり回しながら、静かに眠っている。
「きゅぅ……」
誰もが一息ついた夜。
しかし。
コン、コン。
扉が叩かれた。
全員が一瞬で緊張する。
エリシアが剣に手を伸ばす。
「誰?」
扉の向こうから聞こえた声は、落ち着いていた。
「王城より使者だ」
ルナが小さく息を呑む。
「こんな夜に?」
フィーネが目を細める。
「嫌な予感がするの」
アルマがぱっと起き上がる。
「はいはーい!」
扉が開く。
そこに立っていたのは、王の側近らしき男だった。
「アルマ殿」
「急ぎの伝達がある」
彼は一枚の封筒を差し出した。
封蝋は王家の紋章。
ただの手紙ではない。
「これ……」
アルマが受け取る。
エリシアが眉をひそめる。
「何の用件?」
側近は静かに言った。
「帝国から正式な通達が届いた」
その一言で空気が変わる。
フィーネの目が鋭くなる。
「帝国からじゃと?」
側近は頷く。
「ヴァルゼリオン帝国より、ソリティア王国へ」
「“招待状”だ」
シエルが首を傾げる。
「招待状?」
ルナも不安そうにする。
「戦争じゃなくて?」
側近は首を横に振る。
「表向きは友好の式典への招待だ」
「だが」
「王はそれを“罠の可能性”と見ている」
エリシアの表情が強くなる。
「やっぱり来たか……」
アルマは封筒をじっと見つめていた。
「帝国からのお手紙?」
「開けていい?」
フィーネが止める。
「待て」
「それは正式な外交文書じゃ」
「勝手に開けるものでは……」
しかしアルマはもう開けていた。
ぺりっ。
「わぁ」
中から出てきたのは、美しい金箔の入った招待状だった。
そこにはこう書かれている。
『ヴァルゼリオン帝国 皇帝ガイゼル=ヴァルゼリオンより』
『天才錬金術師アルマへ』
『我が帝都にて開催される“均衡式典”に、貴殿を招待する』
『貴殿の力を、ぜひ我が国に示していただきたい』
沈黙。
シエルがぽつりと言う。
「これ……完全に指名だね」
ルナが青ざめる。
「狙われてる感じしかしない……」
エリシアは拳を握る。
「やっぱり来たわね」
フィーネはため息をついた。
「皇帝自らか」
「面倒なことになりおった」
アルマは首を傾げる。
「行ったらダメ?」
全員。
「「ダメ!!」」
アルマはびくっとする。
「えっ」
エリシアが真剣に言う。
「これは罠よ」
「間違いなく」
ルナも頷く。
「帝国は危ない人が多いって有名だし……」
シエルも珍しく真面目になる。
「でもアルマお姉ちゃんが狙われてるなら、行かないといけない気もする」
フィーネが腕を組む。
「いや」
「行くしかないじゃろうな」
全員が振り向く。
「え?」
フィーネは続ける。
「既に向こうはお主を“呼んでおる”」
「逃げても追ってくるだけじゃ」
「ならば」
「こちらから行った方が早い」
アルマは目を輝かせる。
「つまり!」
「行っていいの!?」
エリシアが頭を抱える。
「そういう結論になるの!?」
フィーネは肩をすくめる。
「この娘を止めるのは無理じゃ」
ミルがぽつりと言う。
「……いく」
きゅるも。
「きゅー!」
ギガルドも。
グルル!
ルナはため息をつく。
「もう決まりだね……」
◇
翌朝。
王都の門前。
王が見送りに来ていた。
「本当に行くのだな」
アルマは元気よく頷く。
「うん!」
「行ってみる!」
王は苦笑する。
「普通はもっと悩むものだがな」
フィーネが呟く。
「普通ではないのでな」
エリシアは剣を背負い直す。
「覚悟はできてるわ」
ルナも頷く。
「私も!」
シエルも拳を握る。
「がんばる!」
ミルはきゅるの上で揺れる。
「……おでかけ」
そして。
ギガルドは静かに立つ。
グル……
王はアルマを見つめた。
「帝国は危険だ」
「だが同時に」
「世界の中心でもある」
「そこで何が起きるかは誰にも分からん」
アルマは笑った。
「うん!」
「でも大丈夫!」
王は小さく笑う。
「その言葉が一番怖いのだがな」
そして。
門が開く。
帝国へ続く街道。
その先には。
誰も知らない運命が待っている。
アルマは一歩踏み出した。
「行こう!」
こうして。
ヴァルゼリオン帝国へ向かう旅が始まった。
そしてその先で。
“帝都そのものが、彼女を待っていたこと”を。
まだ誰も知らなかった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




