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還命の魔術師 -失われた王子の記憶  作者: 白澄 灯
第二章 「学院生活」
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第5話 「詠唱授業―魔力暴走」

 ここは、騎士学院の石造りの訓練場。半円状に並ぶ生徒たちが集まっており、中央には教官――ブリュム・ハイゼンベルクが立っている。


「詠唱は『言葉』ではない。意味を理解せずに唱えるな」

 一言一言に静かな圧を感じる。リネは、前列に立って聞いていた。姿勢は正確で視線は、わずかに鋭い。カイルはリネに小声で話しかけた。

「いや十分むずいってこれ……」

 ディオンは、その少し離れた位置からただ見ている。

「では、順にやれ」

 一人、少し緊張した面持ちで前に出たのは、中位クラスの生徒だった。少し震えた声で詠唱する。かなりの緊張が伝わる。

「炎よ、立ち上がれ!」

 火は確かに立ち上がったが、揺れる炎の不安定さに、ブリュムの眉が、わずかに動いた。

「止めろ! 皆下がれ!」

しかし、もう遅い。炎が瞬く間に膨らみ、制御を外れたのだ。

「――まずい」

 次の瞬間、耳をつんざく爆発音が響き渡った。ドンッ!! と衝撃が走ったかと思うと、石片せきへんが跳ね、炎が広がる。

「うわっ!!」

生徒たちが後退するが、炎はまだ止まらない。


 魔力暴走だった。その中心で、詠唱した生徒が、動けずにいる。あまりの衝撃に、腰が抜けているようだ。

「……っ」

 リネが、一歩出る。

「……間に合うか」

 息を吸う。

「炎よ――。いや……違う」

 途中で、言葉を変える。

「 炎よ、統べよ」

 リネの詠唱により、炎の流れが変わった。火の勢いを押し戻し、一見、制御したかのように思えたが、火は完全には止まらなかった。

「くそ……足りない」

 

 炎が再び膨らみ、強さを増していったその時、ディオンが動いた。詠唱はなくただ、一歩踏み込む。火花が散る炎の中へ。カイルは叫んだ。


「おい!!」

 かなりの熱気にも関わらず、ディオンは気にせずゆっくりと手を伸ばして触れた。ジジッと焦げる音とピリピリと刺すような感覚。すると、炎は何事もなかったかのように静まった。不思議なことに、一瞬で膨れ上がった炎は崩れ、音もなく消えた。黒い煙だけが残り、全員が止まる。リネが、理解できないというふうにディオンを見た。周囲の騎士生達も驚きを隠せない様子でいる。


「……は? 今の何だよ」

「……崩れかけていた。だから、戻しただけだ」

 ディオンはたんたんとカイルに話す。ブリュムが、ゆっくりと歩きだし、ディオンの前で止めた。

「……詠唱は?」

「使っていない」

 ブリュムの視線が、わずかに鋭くなる。

「なぜ、それができる」

「……分からない」

 

 嘘ではない。ただ、本当に、分かっていないのだ。

ブリュムは、ディオンをしばらく見つめる。そんな中、

一人の生徒がブリュムに質問をした。

「教官なぜ、魔力暴走が?」

「……炎よ、立ち上がれ! とは下級から中級の魔術詠唱。未熟ゆえに不安定だが発動しやすい。炎よ、応えよ! であれば安定するが、それは上級者の領域だ……。本日の授業は以上」


 説明を切るようなその言葉にざわめきが起き、生徒たちの視線が一斉にディオンへ向いた。畏れ、困惑、距離それぞれの思惑が入り交じる。生徒達は徐々にその場から去っていった。リネとカイルだけがその場を動かず、じっとディオンを見ていた。その目には、わずかな興味が宿っていた。


 その場には、カイルとリネ、ディオンが立っていた。

煙がまだ残っていて、焦げた匂いが漂う。カイルは、息を整えながら、ディオンを見た。無傷――に見えた。だが、あれだけの炎を受けて傷一つないのはおかしい。

「……おい」

 カイルは一歩、ディオンに近づく。

「手」

 ディオンは、少しだけ視線を落とす。右手の指先が赤く、皮膚がわずかに焼けている。

「……ああ。問題ない」

 他人事のような声。

「“ああ”じゃねえよ! 普通に火傷してんだろこれ!」

カイルアはディオンの右手を掴んだ。

「だから……問題ない」

「あるわ!!」


「……何をしている」

 低い声が隣から聞こえた。リネが、横に立っていた。

視線は、ディオンの手へ向けられ一瞬で、状況を把握する。

「……焼けているな」

「……問題ない」


 リネの眉が、わずかに動く。

「問題の有無は、お前が決めることではない」

「そうそれ!! それ言いたかった!!」

リネは、迷いなくサッとディオンの手を取る。

「痛みは?」

「……少し」

「絶対ウソだろそれ!!」

「感覚が遅れているだけだ」

 静かに言い切る。

「炎に触れていた時間を考えろ。次は、同じでは済まない」


 ディオンは、何も言わない。ただ、少しだけ目を伏せる。カイルは、水で濡らした布をディオンの右手に押し当てる。

「ほら、じっとしてろ」

 ディオンは、抵抗しなかった。リネは、その様子を見ている。

「……お前は、自分のことに、無頓着すぎる」

「それな!!」

「騎士である以上、自分の状態を把握することも義務だ」

「いやほんとそれな!!」

「……そうか」

「お前はいつも軽いんだよ!!」

リネは、小さく息を吐く。

「……理解していないな」

 ほんのわずかに、声が、柔らぐ。

「だから言っている。無理をするな」


 ディオンは二人を見て、少しだけ不思議そうに言った。

「……なぜだ? お前達には、関係ないことだろ」

「は?」

 カイルは怒り、リネも、わずかに目を細める。

『問題はない』を繰り返すディオンにカチンときたのだろう。

「なら、放っておけばいい」

 その言葉に、カイルはリネを見た。

「はぁ!?」

「……違う。問題があるかどうかではなく、お前が倒れた場合の損失を考えろ」

「そこ!? 理論で来た!?」

だがリネは、視線を逸らさない。

「――仲間としての判断だ」


 少しの沈黙の後、ディオンは、少しだけ目を伏せる。

そして、ボソリと呟いた。

「……分かった」

「ほんとかよそれ」


 小さく笑う。手の痛みは、二人のおかげで薄らいだような気がした。

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