第3話 「呼び出し」
夕日が、校舎の影を長く引いていた。石畳に落ちた光はやわらかく、昼の喧騒をゆっくりとほどいていく。風はぬるく、どこか一日の終わりを知らせるように流れていた。
訓練場のざわめきが、少しずつ引いていく。その中で、低い声がかかった。
「ディオン・リュミエール」
低く落ち着きのある声だが、緊張感を持つ。間違いない、教官のブリュム・ハイゼンベルクだ。
「来い」
彼らしい、短い一言。周囲の視線が、わずかに集まることを、気にした様子もなくディオンは、何も言わずに歩き出した。
そこは教官室だった。教官室の扉が閉まり、静寂が訪れる。机の上には、いくつかの書類が積み重なっている。その中に【試験結果】と記載された書類が積まれていた。ブリュムは、それに触れずに言う。
「なぜ最下位に置かれたか、疑問はあるか」
「……特には」
ブリュムの目が、わずかに細まる。
「そうか、では説明だけしておく」
彼は、椅子に深く座り指先を組んだ。
「お前の試験結果は、最下位ではない」
「……そうですか」
たったそれだけ。ブリュムは、わずかに息を吐く。
「理解が早いな。だが、お前は『最下位として扱う』ことが決まった」
「……理由は?」
「三つある」
ブリュムは一本、指を立てる。
「一つ、お前は、結果を出しすぎている。だが、その過程が記録できない。結界を詠唱なしで通る、干渉の痕跡もなし。だが、剣は――悪くない。そんな者はここ何年もいなかった。これでは、『評価ができない』と判断した」
さらに、二本目の指を立てる。
「二つ、『危険性』だ。理解できない力は、制御できない。制御できないものは、外に出せない」
静かに言い切った。
「お前は、現時点で『管理対象』だ」
最後に三本目を立てる。
「三つ」
わずかに間を置く。
「観察するためだ」
ディオンの視線が、わずかに動く。
「通常の寮では、他の生徒との接触が多すぎる。他の生徒へも影響が出るかもしれん。だから――」
机の横に置かれた紙を、トントンと軽く叩く。旧寮の載った地図だ。
「森側の旧寮を使え。ただし、お前一人だ」
「……承知しました」
あっさりとした返答。ブリュムは、その反応を見ている。
「……もう一つだけ」
ディオンは、わずかに視線を上げ、ブリュムを見た。
「自覚はあるか? 自分が、どこまで逸脱しているか」
ディオンは、少しだけ考えるように目線をさげ、ぶっきらぼうに答えた。
「……分かりません」
ブリュムは、ほんのわずかに笑う。
「だろうな」
ブリュムは、椅子から立ち上がる。
「だから、ここに置く。お前は――まだ、外に出す段階じゃない。戻れ」
ブリュムは、ディオンに地図を渡すと今度は扉に視線を向けた。ディオンはブリュムに背を向けて扉に手をかける。
ディオンは、何も言わずに部屋を出た。夕日が少しだけ差し込む廊下で、ディオンは、言う。
「……管理、か」
と小さく呟く。しかし、表情は変わらない。そのまま、歩き出す。
まだ踏み入れたことのない、森の方へ。




