第2話 「試験結果」
鐘の音が、学院の中庭に響いた。乾いた音が、石畳に反射して広がっていく。
「選別の門」を抜けた少年たちは、無事に真新しい騎士の正装を纏っていた。長いロングコートが祝福するかのように、風に揺れる。他の者の胸には、それぞれの紋章が刻まれている。
――だが、彼にはない。
カイルの胸元には、羽ペンと天秤の紋章。ヴェルナー家の証だ。一方、リネの胸元には、銀の円環の内側に、細かな記号が刻まれている紋章。数式のようでいて、誰にも読み解けない。
一際ざわめきが大きくなる。新入生たちは、一斉に掲示板へと集まった。
「来たか……!」
ざわめきと押し合う影。視線はただ一つ――序列。白い紙には名前が並び、その最上段に、ひときわ目立つ名前があった。リネ・ヒルベルト。すぐに、空気が変わる。
「……やっぱりな」
誰かが小さく呟く。納得の声、あるいは、諦め。その名は、すでに試験の時点で知られていた。リネはそれを聞いても、特に反応を見せなかった。当然だ、とでも言うように、静かに視線を落とす。
「で、あいつは――」
カイルが、名簿を視線で追う。そして、最下段にはディオン・リュミエール。
「……は?」
空気が揺れ、ざわめきが、一段大きくなる。
「いや、なんでだよ? 森抜けてたよな、あいつ」
「見間違いじゃないのか?」
疑問と違和感。だが、名前は変わらない。ディオンは、少し離れた場所からそれを見ていた。
「……」
表情は、変わらない。カイルがディオンの肩を掴んだ。
「いやおかしいだろ!? お前なんで最下位!?」
ディオンは、少しだけ視線を落とす。
「……そういうものなんだろう」
「納得すんな!」
その直後に、後方から低い声が響いた。
「静まれ」
教官、ブリュム・ハイゼンベルク。場のざわめきが、一瞬で消え、彼は掲示板の前に立つと、淡々と告げた。
「本試験の序列は、単なる通過順位ではない。資質、適性、干渉耐性、総合評価によって決定される。そして――」
視線が、わずかに動き、ディオンへ。
「序列は、そのまま『所属寮』に反映される。そう心得よ」
ざわめきが、再び広がる。
セレノア王立騎士学院には、三つの寮が存在する。
第一寮(上位)は、上位成績者のみが入れる。設備・環境すべてが最良であり、王宮任務候補の育成枠。
第二寮(中位)は、大多数の生徒が所属し、標準的な訓練・生活環境。
第三寮(下位)は、最下層評価であり、最低限の設備
つまり、自力での改善・生存が求められるのだ。ブリュムは続ける。
「第一寮は、上位者のみ、第二寮は中位」
「そして――」
わずかな間をおいた後、
「第三寮は、最下位」
視線が、自然と一人に集まる。
「……いや待て」
カイルがディオンに話しかける。
「お前、そこ行くの?」
「……そうみたいだ」
リネは、少し離れた場所からそのやり取りを見ていた。(さすがに……おかしい)序列、評価、理解はできる。
(……やっぱり、変だ。あれを、下に置くのか)
ほんのわずかに、眉が動く。ブリュムの視線が、リネに向く。一瞬だけ、“何かを知っている目”をしていた。リネは、何も言わない。ただ、もう一度、ディオンを見る。
「……」
その配置に、意味があるのだと、理解し始めていた。
序列発表の後は、上級生より騎士学院内の案内があった。
「ついて来い」
最上級生は、それだけ言って歩き出した。石造りの回廊は広く、足音だけがやけに響く。壁には紋章が並び、視線を向けるだけで家系の重みが伝わってくる。
「ここが講義棟だ」
扉の向こうでは、すでに何かが始まっている。だが説明はなく再び歩き出す。
「訓練場」
開けた場所では、ざわめきと木剣の音が絶えない。見るだけで、軽い気持ちでは立てない場所だと分かる。
「寮はあちらだ」
指し示された先は静かだった。だが、その静けさが逆に落ち着かない。けれど最上級生は振り返らない。見慣れた光景なのだろう。ただ、必要なことだけを告げて進む。食堂、図書室、教官室、中庭、薬草区画と次々と見て回った。意外にも、学院の内部は木造だった。温かみのある造りのはずなのに、空気は張りつめている。
廊下にはステンドグラスがあった。色のついた光が床に落ち、静かに揺れていた。――まるで、そこだけ別の場所のように。4階の回廊のステンドグラスには、紋章が並んでいる。その下には、もう一つの図柄があった。
【樹】、【人魚】、【本】、【剣】、【橋】、【炎】、そして【薔薇】そのどれもが美しい。だが、どこか歪んで見えたのは気のせいだろう。
それが何を意味するのか、説明する者はいない。
「……質問は」
上級生は、一瞬だけ足を止める。
「以上。叙任式には遅れるな」
それだけ言うと、足早にその場を離れていった。
◇◇◇◇◇
広間は、大講堂だった。教会を思わせる造りの中、整列した者たちは一言も発しない。教官たちが並ぶその中に、ブリュムの姿も見える。ステンドグラスの光が、床に紋様を落とす。4階の回廊と同じ図柄だ。その先、壇の上に――剣が並んでいた。
神聖な静寂の中、式は始まった。いつからそこにいたのか、音もなく学院の校長が立っていた。振り返ったときには、すでに立っている。
「――よく来た」
穏やかな声なな、その一言で、空気が変わる。一人ずつ名前が呼ばれる。
「前へ」
呼ばれた少年が、一歩進む。差し出された剣を受け取った瞬間――刃に、紋章が浮かび上がった。小さく息を呑む音がする。
「次」
カイルの剣には、羽ペンと天秤。リネの剣には、円環と細かな記号。どれも、確かな証だった。そして、ディオンの番が来る。
「……リュミエールの子か」
名を確かめるように、静かに呼ぶ。ディオンは、校長の前に歩を進めると片膝をつき、視線を落とした。
「――そうか」
それ以上は、何も言わない。剣には――何も、起こらなかった。光すら、揺らがない。
周囲が静まりかえる中、ディオンは表情を変えず、マイペースに皆の列に戻っていった。




