第14話 「査定」
冬の朝は、冷えていた。入学して初めての査定の日。学生たちは、訓練場に整列する。無駄な声は一つとしてない。
今日は、査定。どこにも逃げ場はない。指導教官のブリュムが前に立った。
「――査定を開始する」
変わらない、低い声。それだけで、場が締まるのを感じる。
「今回の査定は、序列にも反映される。結果により変動もある。心得よ」
空気が変わり、誰もが理解する。“入れ替わる”今の位置は、保証されないということを。朝の訓練の後に座学試験が開始される。そのため生徒達は塔の中へ移動する。
いよいよ座学試験が始まった。教官と補助教官から紙が配られる。試験室は、異様なほど静かだった。羽ペンが紙をなぞる音だけが、規則的に響く。その音が、かえって意識に残るが、誰も顔を上げない。
どの教科も内容は単純だった。【状況判断】【歪みへの対応】正解ではなく、選択を見られている。迷いはなく、記述した俺は紙を提出した。すぐに終わり、以前は苦戦した薬草調合の実習課題も、無事にクリアできた。【微毒草】【鎮静草】【灯火草】いくつかの薬草が並んだが、触れた葉の流れで選びとった。カイルが聞いたら、たぶん、『流れで選ぶな』とまた突っ込んでくるのだろう。
昼食を挟むと、午後からは騎士戦の試験が始まる。
訓練場に移動すると、ブリュムの声が響いた。
「騎士戦を始める」
名前を呼ばれ、一人ずつ前に出る。木剣を取り、構える。訓練と同じように、あまり被害が出ない木製の剣を使う。
「はじめ!」
開始の合図で、ぶつかる。カイルの動きは、速いが粗い。力で押すタイプだ。一方リネの木剣は、正確だ。無駄がなく崩れない。
名前が呼ばれ、ディオンの番がきた。
「ディオン・リュミエール」
俺は前に出て、息をひとつつき、相手へ礼をした後、静かに木剣を構えた。合図がかかり素早く動く。最短で相手の剣を弾いた。カラカラと転がった剣が音を立てて終わる。査定は滞りなく続き、やがて全員が終わった。序列が上がった者には、待遇が変わる。
◇◇◇◇◇
王宮の執務室。静かだ。余計な音はない。エリアスが、書類から視線を上げる。
「報告を」
短い言葉、それで十分だ。
「先日の演習について、報告いたします」
言葉を選ぶ必要はない。事実だけ話そうとした、その時、扉が軽く叩かれた。コンコン。とノック音がした。
「フェルマ・ヒルベルト参上いたしました」
エリアスはブリュムに一瞬だけ視線を送ると、
「入れ」
といつもの穏やかさで言った。
「……失礼いたします」
フェルマが入室する。だか、一歩足を止めた。先客がいたことに気づいたようで頭を下げる。
「先客ならば、再度改めて参ります」
静かな配慮だが、エリアスは遮った。
「いや、すぐ終わる」
「よろしいのですか?」
とフェルマの質問に、頷いた。
「隠すことでもない。それにヒルベルト卿にも関係はある」
視線がこちらに向く。
「良いか、ハイゼンベルク卿」
柔らかい響きではある。しかし、確認ではなく許可でもない。ただの事実確認だ。
「構いません」
短く返す。フェルマが、静かに室内へ入ると、視線が、わずかにブリュムへ向いた。その目はどこか探るような目だったが、構わず報告を続けた。
「先日の演習において、三名の生徒が立ち入り禁止区域へ侵入し、迷いの森内部で行動不能となりました。該当班は、他三名により救出」
「重傷者なし」
エリアスは、表情を変えない。
「……詳細を」
「原因は判断ミス」
「歪みの討伐を評価対象と誤認し、範囲外へ踏み込みました」
フェルマの視線が動く。理解している目だ。問題はそこではない。
「救出において、特筆すべき点が一つ」
わずかに間を置く。
「ディオン・リュミエール」
名を出すと、エリアスの指先が止まる。フェルマも、動かない。
「当該生徒は、迷いの森内部において迷いを受けていません。中心部の樹に接触後、空間の歪みが解消」
エリアスが、わずかに目を細める。
「……接触、か」
解消に至ったことに興味があるのだろう。フェルマが口を開く。
「……確認ですが」
視線が鋭い。
「彼は、魔術を使用しましたか」
「明確な詠唱はなし。だが、変化は発生しています」
事実だけを述べると、フェルマの表情がわずかに硬くなる。今度はエリアスが言う。
「査定は」
「中級へ昇格。実力は上級相当と見えます」
そのまま付け加える。隠す理由はないのだから。エリアスの口元が、わずかに動き、
「……ならば、上げるべきだ」
即断だった。その結論に迷いはない。フェルマが、すぐに否定する。
「確かに……彼は興味深い生徒です。しかし、推奨できません」
静かだが、明確だ。
「制御が確認されていない段階と見えます。過度な評価は、負荷になります」
言葉は柔らかい。だが、内容は否定の色が見える。エリアスはフェルマに視線を向ける。
「負荷は必要だ。だが、使えるものは使う」
短くも、王族の判断だ。三人の間に沈黙が落ちる。その間に答える。
「評価は、学院で行います」
視線がブリュムに集まる。構わない、ただ、続ける。
「現時点で学院は、上級への昇格を見送ることとしました。彼はフェルマ卿のおっしゃる通り、制御の方法を完全に理解はしていません。しかし、国を守ってきた樹が彼だけを通していることも事実。最近は使い所を選ぶようになっています」
「但し、未制御の力は、上に置かない。」
静かに言い切る。エリアスは、しばらく黙るとやがて短く答えた。
「……それでいい。経過を見せろ」
それで終わる。フェルマも何も言わない。だが、視線だけが残る。(……把握しておられる)ディオンという存在を完全に。
「報告は以上です」
頭を下げる。報告は終わりだ。
これは、始まりでもある。
◇◇◇◇◇
「……断った?」
カイルが声を上げる。
「なんでだよ」
目の前のディオンは、いつも通りだ。
「使う理由がない」
ディオンらしい、短い答え。本人より納得いかなかったのかカイルが顔をしかめる。
「いやいや、あるだろ普通! 綺麗だし、共同だけど快適だし! なんでわざわざあんな暗い、旧寮にいんだよ」
言いながら、少しだけ肩をすくめる。
「クモ出るし」
まだ気にしているらしい。ディオンは全く気にしない。
「問題はない、それに静かだ」
それだけだ。澄みきった空のような清々しい態度に、カイルが頭をかく。
「お前なあ……」
言葉が続かない。リネは、二人を黙って見ている。
「……環境を変えたくないのか」
静かに問う。ディオンは、少しだけ視線を動かす。
「……分からない。人との共同は向いていない。(それに俺は、自分の魔術を理解できていない)」
正直な答え。だが、それで十分だった。リネは頷く。
「そうか」
リネはそれ以上は聞かない。理由は、理解できる。変える必要がないし、本人が納得しているのだから。
あるいは(……変えない方がいい)あの環境が本人に向いているのなら。カイルが小さく笑う。
「まあ、あそこ落ち着くってんならいいけどさ。でも、呼べよな! 個室より広いし」
軽口だが、半分は本気だ。ディオンは答えずただ、立っている。変わらずに。今はそれでいい気がした。




