第12話 「帰還」
季節は本格的に、冬に入った。空気は冷えきり、朝の息は白くなる。森も、静かだった。迷いの森から帰還したあとも、俺は変わらず森に入っている。
目的は同じだ。魔術の感覚を掴むため。まだ、分からないことが多い。だから、繰り返す。講義が終われば、森へ向かう。それが、日課になっていた。
◇◇◇◇◇
あの一件のあと。カイルは、リネを連れて旧寮へ来た。以前「行かねーよ」と言っていたことは忘れているのだろう。俺の部屋をカイルは慣れた様子で入ってくるが、リネは足を止める。
「……ここに住んでいるのか」
いつか聞いたセリフ。上級寮、中級寮を使ってる奴らから見ると、だいぶ違うだろう。下位ですら、もっとましなはずだ。まあ、見たこともないのだが、誰もいないし、住み心地は良い。リネは周囲を見渡す。
「……使われていない棟だと聞いていたが」
事実だ。
「問題はない。使われていない」
そう答えると、リネは小さく息を吐いた。カイルが笑う。
「まあな、最初は俺もびびったけど、もう、クモいねえな」
そう言いながら、天井をちらりと見る。相当嫌だったのか、カイルはあの日以来顔を合わせるとクモのことを聞いてくる。警戒はまだ解けそうにないないらしい。
「でさ」
カイルが身を乗り出す。
「結局、あの木なんだったんだよ」
予想通りだ。
「さあな」
短く返す。
「はあ!? お前、触ってただろ!」
「触っただけだ」
カイルが言葉に詰まる。リネが口を開く。
「……それより問題は別だ」
視線が、こちらに向く。
「お前、まだ入っているな」
否定はしない。
「禁止区域だ。理解しているのか」
説教だ。最近、増えた。
「……問題はない。それに、迷うからだろ。俺は迷わない」
そう答えると、リネの眉がわずかに寄る。
「問題があるかどうかは、お前が決めることではない」
正論だ。だがそれ以上は言わない。
「分かっている」
「なんで好き好んで禁止されてるトコに行くんだよ。お 前そーいう所だぞ」
リネも、カイルもそれ以上は踏み込まなかった。理由は分かっている。ブリュムに知られれば、面倒になるからだ。だから、黙っている。もっとも、(……もう、知られているだろう)そう思っている。だが、何故か追及はない。それだけだ。
話題が変わる。
「そういえば」
カイルが椅子にもたれながら言う。
「もうすぐ査定だな」
冬休み前の評価。つまり、成績が出る頃だ。リネが頷く。
「長期休暇にも入る。各自の成果が、そのまま反映される」
カイルが顔をしかめる。
「うわ、やだなそれ! 俺、今回微妙かも」
「自覚があるなら対策しろ」
リネが淡々と言う。
「いやお前な……」
軽口が続く。変わらないやり取り。カイルが、椅子にもたれたまま言う。
「二人は実家に帰るのか?」
リネが、少しだけ肩をすくめる。
「一応な、母に呼ばれている。顔を見せないと、面倒なことになる」
言い方は淡々としているが、少しだけ嫌そうだ。(……元気な人間だ)そんな印象が浮かぶ。俺は、答えない。帰る場所はある。だが、(……帰る意味はない)父がいるかどうかも分からない。いても、会話はないし、独断話すこともないしな。それだけだ。
リネが、カイルを見る。
「そういうお前こそどうなんだ」
「俺の家も似たようなもんだよ」
軽く言う。
「兄ちゃん達もいるのにさ」
どこか、投げるような口調。だが、完全に軽いわけでもない。(……家が強い)そんな空気を感じる。
カイルが、こちらを見る。
「ディオン、お前も暇なら来いよな」
気軽な調子。冗談のようで、半分は、本気だろう。リネは何も言わない。否定もしなかった。カイルが、すぐに話題を変える。
「そういえばさ、査定が終わったら――星降りの祭典、もうすぐだよな」
「星降りの祭典?」
思わず聞き返す。二人の視線が揃う。
「あ?」
呆れた声。リネが、ため息をつく。
「ディオン。国の行事くらい、頭に入れておけ」
カイルが引いた顔をする。
「え、マジで知らねえの? 何年この国にいるんだよ」
「……知らない」
事実だ。
「はあ……」
カイルが頭を抱える。
「冬の祭りだよ。星が一番きれいに見える時期にやるやつな。願い事とかするんだよ」
リネが補足する。
「王都では特に大規模だ。騎士学院の生徒も、警備や補助で動員される。要は任務だな」
「へえ……」
俺はそれだけ返した。興味がないわけではない。ただ、実感がない。立ち上がり、湯を沸かす。紅茶を淹れようと自然と手が動き、カップを二つ差し出す。二人が、少しだけ驚いた顔をする。
「……お前、そんなことできんの?」
カイルが言う。
「できる」
それだけだ。なぜできるのかは、分からない。(……覚えていない)カイルが一口飲む。
「……うまい」
素直な感想。リネも、静かに頷く。
「……悪くない」
それで十分だ。
しばらく、静かな時間が流れる。やがて、カイルが立ち上がる。
「なんにせよ。まずは査定だな」
リネも続く。
「そこで評価は決まる。気を抜くな」
二人は、そのまま帰っていった。パタンと扉が閉まる。急に静かになった部屋で俺は、窓の外を見る。
冬の空(……星)。冬の空は、低い。空気は澄んでおり、森が、遠くに見える。(……まだ、足りない)分かっている。あの場所も、あの木もすべて--理解には、届いていない。
それでも、また、行くそれだけだ。




