第11話 「迷いの森-2」
カイルが、不思議そうにディオンを見る。
「ディオン、木のこと知ってたのか? お前、七不思議とか全然興味なさそうなのに」
ディオンは、わずかに首を傾げる。
「……?」
何を言われているか、全くわからないディオン。そして、淡々と答える。
「七不思議は知らないが、禁止区域で、清掃の魔術を訓練していた」
カイルの顔が固まる。
「は?」
リネも、言葉を失う。意外というか、思い付きもしなかったことをさらりと言っているディオンに引いている。
「……お前は、何を言っている」
ディオンは変わらない。
「講義のあと、何度か入ったが問題はなかった」
完全な事実の報告。だからこそ、重い。ディオンは朝ごはん何食べた。くらいの軽い調子で言っているが、学院側、ブリュムにバレたら大変では済まされないだろう。リネとカイルは、衝撃を受けたようだった。
再び沈黙の後、リネが額を押さえる。
「……いや、問題しかない……っ、はは!……」
リネの肩が、わずかに揺れる。もう抑えきれなかったのだろう。
「はははは……!」
珍しく、声を上げて笑った。カイルが目を見開く。
「え、ちょ、リネ!? お前って笑うの!?」
リネは息を整えながら、ディオンを見る。
「……なるほどな。だから、お前だけ“迷わない”」
納得の声にカイルが深いため息を吐く。
「いやでもさ、なんでお前だけ普通に戻って来られるわけ? 本当に迷いの木なのか?」
ディオンは、少し考える。
「……大きな木があった。俺は、森の旧寮に住んでいる」
カイルが眉をひそめる。
「いや、知ってるけど、それだけじゃ分かんねえよ」
そのときリネが、ふと顔を上げた。
「……今、思い出した」
視線が、遠くを見る。
「禁止区域には、公にはされていないが――王家に繋がる巨大な樹がある、という話がある」
カイルがパチパチと目を瞬く。
「は? なにそれ」
リネは続ける。
「詳細は不明だが根が広範囲に広がり、『感知』のような働きを持つらしい」
一瞬、視線がディオンへ向く。
「……おそらく、お前は樹に“認識されている”」
ディオンは何も言わない。否定もしない。
ただ、森の奥を、見たまま駆けていった。
◇◇◇◇◇
果たしてそれは、リネの言葉どおりだった。森は、ディオンを拒まない。進むほどに、確信が強くなる。
(……通されている)やがて、視界が開け、立ち入り禁止区域の手前で空気が、変わる。
冷たい。そして、妙に静かすぎる。そのとき霧が、流れ込んできた。ゆっくりと、地面を這うように広がっていく。道は、ひとつしかなく、枝分かれも見当たらない。まっすぐ、奥へ続いている。(……誘導されている)
カイルが、小さく呟く。
「……なんか、やだな、これ」
声が、少しだけ低い。珍しく、警戒している。
リネは答えない。同じことを感じているのだろう。やがて進むほどに、霧が濃くなり音が、吸いこまれるようだった。
そして、
「――誰かいるのか!」
複数の声がした。近い。
カイルが顔を上げる。
「いた!」
走り出して霧を抜けると、三人がいた。
ルーク、レオ、ユリウス。その背後には、巨大な樹。
異様な存在を放っている。樹はただ、静かに在る。リネは一瞬、息を止める。(……これが)『迷いの木』
三人は、こちらに気づいていない。
焦点が、合っておらず、周囲を見ているのに、見ていない。(……認識が乱れている)
ディオンは立ち止める間もなく、スタスタと慣れたようにまっすぐ、木へ向かう。その足取りに迷いは一切ない。まるで、そこが『正しい場所』であることを知っているかのように。ディオンは表皮に手を伸ばして触れる。
不思議なことに、ディオンが触れると音が消え、霧がわずかに揺れた。逃げるように木の周囲から、引いていく。(……違う)風ではないのに『退いている』根がわずかに軋み、地面の下で何かが動く感覚が伝わった。
(……認識している)ディオンを。知り合いを受け入れているかのような違いだった。
重なっていた森がほどけ、霧が裂ける。道が、一本に定まっていき、やがて三人の視線が合った。
「……あ」
ユリウスの声。焦点が合い現実に戻る。一方でルークが、膝をつく。
「……っ、ここ……」
レオが周囲を見渡す。
「……戻った!」
明確な変化が見てとれた。森が、安堵するかのように『整っている』ディオンが、ゆっくりと手を離したその瞬間、根の動きも霧の広がりも、何事もなかったかのように全てが静寂が、戻る。
てだ、一つだけ、違っていたのは三人の位置と道の向き。そして、戻れるという確信だった。
◇◇◇◇◇
森の縁が見え、やがて光が、差し込む。ようやく出口だ。誰も、言葉を発しない。ただ、足を進める。一歩、また一歩と進む。
森は、静かだ。何もなかったかのように見える。ただの森。やっと境界を越えた所でカイルが、大きく息を吐いた。
「……はぁ……戻った……」
力が抜ける声。レオは、その場に座り込み、ユリウスが、無言でその肩を支える。境界を越えた瞬間、空気が締まる。ブリュム・ハイゼンベルクが立っていた。
彼はただ、こちらを見る。その視線だけで、全員の足が止まった。
「……戻ったか」
低い声。リネは一歩前に出て実に簡潔に告げた。
「六名、帰還。重傷者なし」
ブリュムの視線が、三人へ流れる。ルーク、レオ、ユリウス。次に、ディオンへ。
「侵入したな」
断定する言葉が突き刺さる。誰も否定しない。ルークが歯を食いしばる。
「……判断を誤りました」
ブリュムは頷かず、肯定もしなかった。
「理由は」
ルークが口を開く。
「歪みの討伐が評価対象と聞き、範囲外へ踏み込みました。だから、戻る判断が遅れました」
静かな報告にブリュムは、短く息を吐く。
「評価対照であることは事実だ。ただし、条件は『安全範囲内』でやることだ。禁止区域を越えた時点で、評価ではない。人は、禁止に弱い」
淡々と話す。
「止める言葉が、踏み込む理由になることもある」
誰も、顔を上げない。ブリュムの視線が、ディオンへ戻る。
「なぜ戻れたかは、問わない。今はな。本件、全員無事帰還を優先とする。評価は後で行う」
「以上、解散!」
カイルが、ディオンを横目で見る。
「……お前、あとで詳しくな」
小声だ。ディオンは答えずただ、前を見る。ブリュムもまた、森を見ている。同じ方向を何も言わずに。
(……見ている)リネは、そう理解した。森もそして、ディオンも。
学園七不思議は、人に恐れを抱かせることで、人を遠ざけ、今日も真実を守っている。そう、国を護るために--。




