女神の祝福を永遠に
「今年の感謝祭も無事に終わったわね」
「女神の代理人様が祝福を受け取ってくださったおかげよね」
街を歩く少女たちが楽しそうにそんなことを話している。
「新しい代理人様になった年は大変だったけど、そのあと、役目を果たしてくださるようになって国も安定しているってお父さんがしみじみ言っていたわよ」
「大変だったのは3年間よ。結構長かったように思うけど」
「それも女神さまの判断だから仕方がないことだって。それもお父さんが言っていたことだけど」
「私たちまだ幼かったから覚えてないもんね」
深刻な話をしているようで、2人は笑顔で会話を楽しんでいるようだった。それほどまでに今の国が安定し平穏である証拠なのだろう。
少女たちがまだ会話をしながら通り過ぎていくのを店の外にイスとテーブルが並べられているオープンカフェで変装したアイシャはお茶を楽しみながら聞いていたのだが、ここに話に出ている女神の代理人がいるなど誰も考えていないことだろう。
感謝祭が終わり少し息抜きがしたくて、こっそり街へと出かけてきたのだ。
とはいえ、アイシャが出かけていることをアレスは知っているし、護衛もすぐ近くにいる。他にも影がいるはずだ。
「本当に平和な国になったものだな」
向かいに座ってお茶を飲んでいたロイナーも少女たちの声が聞こえていたはずだ。感慨深げに言っている姿にアイシャはくすりと笑ってしまった。
「明日には領地に戻るの?」
「そのつもりだ。だからこそ、今日はアイシャと一緒にいられる時間を大切にしないと」
いつまでたってもロイナーはアイシャを大切にしてくれる。
「私よりも奥様との時間も大切にしてよね」
「わかっているよ」
ロイナーは5年前に爵位を継いだ。それと同時に結婚もして、アレスの側近を離れてしまった。
今はエリストン侯爵家の当主として領地経営にいそしんでいる。そして、2歳と3歳の子供の父親にもなっていた。
子供たちがもう少し大きくなったら家族で感謝祭に参加することも考えているようだが、それはまだ数年先のことだろう。
「僕のことよりもアイシャの方が忙しくて大変じゃないか?」
「確かに忙しい時もあるけれど、もう10年も経てば慣れてしまったわ」
アイシャがアレスと結婚して王太子妃となって10年になる。
目覚めてから、女神の祝福を受け取った1年後に結婚式を挙げたのだ。子供も2人いるし、今は3人目がお腹に宿っていた。
身重の体で出かけることに周囲は心配していたが、平民育ちのアイシャからすると、ずっと城にいる方が窮屈な気がする。アレスもよくわかっているようで、城にいるように説得されることはなかった。
公務をこなしながら自由も作ってもらって幸せだなと思うアイシャだ。
「感謝祭が終わったから、今夜はアレスとゆっくり過ごす時間が取れる約束をしているの」
「アイシャの惚気を聞く日が来るとはね」
「羨ましかったら、領地に戻った時に奥様をうんと甘えさせたらいいわ」
そんな会話をしていると、不意に周囲の空気が変わったような気がした。
一瞬だけ緊張感のある雰囲気を感じたアイシャは、くすりと笑って肩を竦めた。
「まだお茶を飲んでいる最中だけど、もう迎えが来たみたい」
「何のことだ?」
ロイナーは気が付かなかったようだ。
「俺の妻は随分と勘が良くなったようだな」
そう言いながら後ろからアレスが姿を見せた。その顔は気が付いてくれていることが嬉しかったのか、笑みを浮かべている。
「もうそろそろ来る頃かなと思っていたところだから」
そう答えて笑みを返した。
「あぁ、ここでも惚気を見せられるとは。帰って妻の顔を見たくなるな」
ロイナーがなぜかため息をついている。
「さぁ、もうそろそろ帰ろう。体に障ってはいけないしね」
身重のアイシャを気遣って手を差し出してきた。その手を取って立ち上がる。
「ロイ兄さま、それじゃまた」
ロイナーが穏やかな笑みを浮かべる。それを背にアイシャはアレスに寄り添うように歩き出した。
穏やかな日々が訪れる街を見ながらアイシャは自らの選択に満足していた。
今年も祝福を受け取ることで平和な日常が訪れている。一度受け取らない選択をしたが、それも後悔していない。それを経て今があるのだ。
「どうかした?」
隣を歩くアレスが不思議そうに尋ねてくる。
「何でもないわ」
アレスは昔も今の変わらずアイシャを大切にしてくれる。女神の代理人でいられるのはあと10年あるかどうかだろう。元の姿に戻ったとしても彼は変わることがないだろう。
そんな確信を持ちながら、アイシャは穏やかな街を愛する夫とともに歩いていくのだった。




