静かな祝福
女神の感謝祭が無事に終わりを迎え、アイシャは部屋のベランダから夜の街を眺めていた。
儀式は無事に終えたが、街の人々は今夜までがお祭りだ。今夜も街の中は賑わっていることだろう。
その空気を感じているだけでアイシャは穏やかな夜に微笑みを向けていた。
今回は女神の祝福を受け取ることにした。いろいろあったが、貴族たちの態度も女神の代理人対するものとなり、女神の祝福がいかに重要であるのかを実感したはずだ。
態度を変えない存在もいたが、そちらの処罰も決まった。
本来は処刑されるはずだったが、アイシャがそれを止めたのだ。
女神の感謝祭が行われるこの時期に血を見るのが嫌だったことと、あっさり処刑で済ませるのはどうなのだろうと思ったからだ。3年前の罰を受けた公爵家だが、今回もアイシャを襲ったことで罪を償う必要がある。
「公爵家の爵位をはく奪して平民として生きてもらうのはどうでしょう」
アイシャはそう提案したのだ。シーラが平民だからという理由で虐げていた。その平民になって生きていくことがシーラにとってどれだけの屈辱になるのかわからないが、貴族としての生活は一切できなくなる。これを罰として、王都からも追放することでアレスも納得してくれた。
国王への説明はアレスがすべて行ってくれたので、アイシャは感謝祭に集中することができた。
生ぬるい判断だと思う者もいるだろうが、女神の代理人であるアイシャの言葉は女神の言葉だと判断したのか、誰も意見する者がいなかったようだった。
「これが本来の感謝祭の夜なのね」
アイシャが初めて王都で感謝祭を迎えた3年前は見ることができなかった光景だ。3年前にアイシャが眠りについた後のことは話で聞いているが、実際城の中は大騒ぎになっていたのだろう。
自分で判断したことだが、今回は祝福を受けとると決めたことを自慢したいような気分だった。
「アイシャ、まだ起きていたのか」
外を眺めていると部屋から声が聞こえてきた。すぐに部屋に戻るとアレスが少し驚いた様子でベランダへと歩いてきているところだった。
「今日は疲れただろうから、もう休んでいると思っていたけど」
それならなぜ部屋に来たのだろうと首を傾げた。
「疲れてはいるけれど、すぐにベッドに行くほどではなかったから」
確かに緊張感のある儀式や貴族の前での宣言は3年前にやっているとはいえ、疲れているのは間違いなかった。
「少し風に当たっていたの。夜の街並みが綺麗だったし」
女神の祝福を受け取るとこんな街が見られるのだと始めて知った。
「そうか。3年前は何も見ていないし、あの時はそれどころじゃなかったな」
アレスが3年前を振り返って遠い目をする。アイシャは眠っていたので何も知らないが、女神の祝福を受け取らないという前代未聞の状況に城の中は大騒ぎだったようだ。
「3年間、よく頑張りましたね」
不意にそんな言葉が出た。
ハッとしたようにアレスが見つめてきた。
「・・・王家に対する女神からの罰だと思っています。これに耐えられなければ国として見放されてしまうと」
急に口調が変わった。アイシャも自分の言葉ではないと思えた。これは女神がアレスに伝えていることだ。アイシャは出てくる言葉を飲み込まないように素直に吐き出していく。
「そこまで思いつめるほどのことをしたつもりはないけれど、王家にも罰は与えなければいけないでしょう」
王家は女神の代理人を見守ることしかできないので仕方がないことだったが、そもそも貴族たちが女神の代理人に対する認識をもっとしっかり持っていればこんなことにはならなかった。王家の管理不足として女神は3年という試練を与えたようだった。
「女神の代理人を虐める貴族だけを対象にしたけれど、これが最初で最後であることを願います」
国全体にしてしまうと、何も関係のなかった貴族まで巻き込まれてしまう。それは国の崩壊を招くことになる。それは女神も望んでいなかった。
とにかく見下してきた貴族に制裁を与えたかったのだ。
「もうこのようなことがないように尽力いたします」
アレスが頭を下げた。この先も同じことが起きないように、このことは後世まで伝えられることになりそうだ。
「アレス」
アイシャが名前を呼ぶと、緊張感のある空気がほどけた。今の声がアイシャの言葉だとわかったのだろう。
顔を上げた彼にアイシャは思い切り抱き着いた。普段ならできないことだが今は2人きりだ。
「ご苦労様。それから今までありがとう」
眠っている間の苦労をアイシャは知らない。それを労うように背中をポンポンと叩いてみる。
「・・・ありがとう」
アレスもアイシャを抱きしめた。その温もりを確かめるように。
しばらく2人はそのまま静かに抱き合い、感謝祭の夜は穏やかに過ぎ去っていった。




