拒絶の先に
「女神の代理人アイシャは、女神の祝福を受け取ることをいたしません」
一瞬何を言っているのかわからなかったのだろう。椅子に座ってこちらを見上げている貴族たちがきょとんとした顔をしていた。驚くのではなく理解できないという顔をほとんど貴族がしているのを見るのは可笑しかった。誰もが祝福を受け入れて国が平和でいられると思っていたのだろう。それをアイシャの一言ですべて放棄されたのだ。
アイシャの言葉を理解できていたのはエリストン侯爵家の人間だけかもしれない。3人とも驚いた顔をしてアイシャを見ている。祝福を拒否したことは理解しているようだが、なぜ拒否するのかわからずにいるようだ。
このままでは誰も何もできないだろうと思い、アイシャは続きを話すことにした。
「私はここへ来てから女神の代理人としての扱いを受けてこなかった。女神が選んだ存在なのに、平民が城に迷い込んだように見下され、本来の扱いを受けることはなかった」
この中にもアイシャを蔑んでいた貴族はいるだろう。彼らがどんなことを思っているかはわからないが、そんなことはアイシャには関係なかった。
自分の意思に従っていいということを、ティアラを渡されたときに王妃から言われた。女神と会っても同じように心のままに宣言することを認められていた。
だから、今貴族たちが何を思い戸惑っていてもアイシャはどうでもよかった。城に来てからの自分の気持ちに従って、この国に祝福を与えたいと思えない答えを出したのだ。
「女神の意思を無視する貴族たちに、この国に祝福をもたらすことなど私は考えなかった」
会場内がざわつく。何も知らない貴族も混ざっている。その者たちにとっては驚くべき事実なのだろう。そして、蔑む貴族とアイシャの巻き添えを食ったことになる。そこは少しだけ申し訳ない気もするが、だからと言って蔑んできた貴族を無視して祝福を受け取るという考えにはならなかった。
「女神の代理人であるアイシャがここに宣言する。女神の祝福を受け取ることはない。この国に平和と繁栄を望むことはない」
アイシャの答えに衝撃を受けたように悲鳴に近い声を上げる者がいた。怒鳴ろうとしたのか立ち上がった男が数人いたが、女神の代理人に罵声を浴びせることがどういうことなのか理解できたのか、開いた口から声が出ることなく、口をパクパクとさせていた。
「アイシャ」
呟くような声だったがアイシャの耳にはしっかりと聞こえた。
振り返ると、立ち上がったアレスが驚いているのか、戸惑っているのかわからない顔をしていた。
彼は他国にいてアイシャの状況を何も知らなかった。もともと王族は手出しができない状況だった。拒否する宣言に混乱しているようだ。
アレスとはエリストン侯爵領で過ごした思い出がある。彼はとても優しくてアイシャを受け入れてくれていた。そんな彼を傷つけることになることに寂しさを覚えた。
アイシャは微笑んでみたが、きっと優しくきれいに笑えなかっただろう。
それと同時にアイシャは急に眩暈を覚えた。そして意識が遠のいていくのがわかった。
立っていることができなくなり、足に力が入らなくてその場に倒れこんだ。冷たい床に倒れたら痛いだろうなと思ったのだが、寸前で駆け付けたアレスが受け止めてくれていた。
「アイシャ」
すぐ近くで叫んでいるアレスの顔が鬼気迫っているようだったが、もうアイシャはそれを確かめることができない。瞼が重くて開けられない。声も遠くなっていく。
意識が遠くなっていき、アイシャは何も考えることができなくてそのまま眠りについたのだった。




