女神の声
「またこの日を迎えることができて、私は感無量です」
女神の感謝祭当日となったアイシャは、ルルネの感動している姿に苦笑してしまった。
「そんな大げさね」
「大げさではありません。この3年、いつアイシャ様が目を覚ましてもいいように、ちゃんと衣装も綺麗に着せられるように訓練までしていたんですから」
ものすごく力が入っているが、アイシャがいつ目を覚ますのかわからないし、目を覚ましてももう一度侍女に選ばれるかもわからない。それなのに、ルルネはこの日のために侍女としての準備をし続けていたのだ。
そのことにアイシャが感動してしまう。3年前から彼女はアイシャを女神の代理人としてしっかり尊重していた。そう考えると、もう一度侍女として側にいてくれることに感謝だ。
「準備もできたし、行きましょうか」
これからどこへ行き何をするべきなのか覚えている。
3年前は儀式の前に王妃が尋ねてきてティアラを引き継いだ。そのティアラはすでにアイシャの頭の上で輝いていた。
女神の代理人として重要な物だ。
侍女たちを引き連れて部屋を出ると、3人の護衛騎士が待っていた。ディランが先頭に立ち、双子騎士が最後についてくる。何も言わなくても彼らは自分の仕事をこなしている。
ここも3年前とは違う。
向かうのは女神の声を聞ける場所。そこで女神の意思を聞き、そのあと、王侯貴族が待っている広間に移動する。そこでアイシャの口から女神の意思を伝え、女神の祝福を受け取るのが通例となっていた。だが、3年前にアイシャは女神の祝福を拒否し眠りについてしまったため、3年間この行事は行われてこなかった。
3年ぶりの開催に、多くの人が不安と期待を抱えていることだろう。
すべてはアイシャの判断に委ねられている。
「ここからは1人で行くわ」
女神の意思を聞く部屋はアイシャだけが入ることになる。騎士と侍女たちはその場で待機して、アイシャが戻ってくることを待つことになった。
静かな部屋に中央に噴水がある。前回女神の声を聞いた時、アイシャは何か特別なことをしたわけではなかった。おそらく女神から接触してくるのを待つのが正解なのだろう。
3年前にもこの部屋へ来たが、その時も唐突に女神の意思を感じ取ったことを思い出した。
あの時は、女神にアイシャの気持ちを伝え、女神も何かを理解したように静かに去っていった。すべてを見ていた女神はアイシャが感じた気持ちを直接聞くだけで、貴族たちを見捨てる心づもりがすでに出来ていたような気がする。
「女神さまは今回何を感じ取っていたかしら」
『3年という月日は人間にとっては長いものなのでしょう。私の意思を尊重できなかった者たちへの仕置きは十分できたでしょうね』
アイシャの声に反応するように、その声は突然後ろから聞こえた。
ハッとして振り返ると、そこは白一色の世界になっていた。
「女神オリビア」
ピンクの髪に金の瞳。アイシャと同じ色を持った女性が優雅に立っていた。
『今回は大切にしてもらえているようね』
優しい声がアイシャの耳に響く。
「女神の怒りを誰も買いたくありませんから。それに、すべての人が私に否定的だったわけでもありません」
3年前と違う待遇を女神はずっと見ていたのだろう。そこに満足はしているようだが、アイシャは3年前蔑む人間がいる中で、尊重してくれる人間がいたことも理解していることを伝えた。
女神もそれはわかっているはずだろう。そうでなければこの国自体を見捨てていた可能性がある。
ただ、アイシャの国に対する印象をちゃんと伝えておこうと思ったのだ。
そして、今の気持ちも伝えることにする。
「私のことを女神の代理人としてみんな受け入れてくれています。3年前に私を虐めた人たちからの謝罪も受けました」
全く反省していない人間もいた。謝罪をする前に行方がわからない人間もいるが、反省して謝罪をしてきた人間はいた。
「ですから、今回の判断は今の貴族たちの対応で決めたいと思っています」
『3年。罰を与えたつもりです。今回の判断は、今のアイシャで判断するつもりよ』
女神も同じ意見で良かった。3年前の状況を引きずるのではなく、現在の国と貴族を見て判断したかった。もしかすると、女神がそう判断しているからアイシャも同じように考えているのかもしれない。
『アイシャ』
顔を上げるとすぐ目の前に女神が立っていた。手を伸ばしてきて頬に触れる。暖かくて優しい声とは違い、手はひんやりと冷たかった。
『あなたの思うままに』
耳元で声が聞こえたかと思うと、いつの間にか白い空間から噴水の淵に立っていた。
目の前にいたはずの女神は姿を消し、部屋にはアイシャだけ。
「これで終わりかしら」
女神の判断を聞くはずだったのに、最終判断はアイシャに託された気がする。
「丸投げされた?」
アイシャの気持ち次第ですべてが決まるらしい。それで構わないと女神は判断したのだろう。そして、どんな答えを持っているのかきっと理解している。
「戻りましょう」
これ以上ここにいても女神はもう現れないので、アイシャは部屋を出ることにした。
アイシャがいなくなった部屋は静寂に包まれていたが、噴水の水が笑うように不規則な動きを見せたことを知る者は誰もいなかった。




