祝福の行方
「何とか間に合いました」
ほっとするルルネは1人で今日のアイシャの衣装に髪を結いあげ、装飾品を身に着けるまでをこなしてくれた。
衣装が少し複雑であったが、特別なものなので着ないわけにはいかない。1人で苦戦するルルネを見ながら、アイシャは他の侍女が来ないことを残念に思っていた。
今日は女神の感謝祭当日。アイシャが女神から祝福を受け取る日だ。
女神の代理人としての大きな役目を行う日だというのに、そのアイシャの準備を手伝うはずの侍女が相変わらずアイシャを無視するように仕事を放棄していた。この日までアイシャを見下す行為をしてきた彼女たちをアイシャは許すつもりがなかった。感謝祭の日に精いっぱい今までのことを謝罪し仕事をするのであればどこかで温情を持てたかもしれない。だが、ルルネだけがアイシャを女神の代理人として扱い、他の者たちが何もしなかった。侍女だけでなく護衛の騎士たちもそうだ。
おそらく部屋の外で待機しているはずの騎士も仕事を放棄してどこかで休んでいることだろう。
「ありがとうルルネ。これで儀式に間に合うわ」
「この半年、アイシャ様に仕えられたことを誇りに思います」
ルルネも1人で頑張ってきた。そこはしっかりと評価してあげたいと思っていた。
「あなたには感謝祭が終わった後で何かお礼をしたいわ。欲しいものを考えておいて」
「そんな、私はアイシャ様に仕えられただけで充分な名誉をいただいています」
女神の代理人の侍女になることは今後の縁談にも大きく影響するだろうし、周囲からも高い評価をもらえる。それだけで十分だと思っているようだが、アイシャとしては物を送ることで目に見えた感謝の印をルルネに持たせてあげたかった。
「遠慮なんてしなくていいのに」
苦笑していると、扉をノックする音が聞こえた。ルルネがすぐに尋ねてきた者を確かめる。すると、扉開けた瞬間驚いたように固まった。
「準備はできたようね」
その声にハッとしたようにルルネが体をずらして頭を下げた。
塞ぐ者がいなくなったことで部屋に入ってきたのは王妃セラフィーナだった。
「王妃様」
椅子に座っていたアイシャはすぐに立ち上がったが、王妃が片手をあげた。
「そのまま座っていなさい」
王族との接触は感謝祭まで禁止されていることをアイシャも理解している。城に来てから国王と顔を合わせて以降アレスは他国に行ってしまい、他の王族も静かにしているだけで接触がなかった。
儀式が終わるまでは誰とも会うことがないと思っていたのだが、王妃から会いに来たのだ。
椅子に座りなおしたアイシャだが戸惑ったようにセラフィーナを見た。
すると、王妃は優しく微笑みながら後ろに付き添ってきた侍女の1人に指示を出す。
侍女が箱をアイシャの前に差し出し、ふたを開けると中にはティアラが入っていた。
「これは代々女神の代理人が初めての感謝祭を迎える時に、前任の代理人から引き継ぐティアラよ。男女問わず感謝祭では身に着けることになっているわ」
「男女問わず?」
ティアラと言えば女性がつけるイメージだが、男性の代理人であってもティアラは引き継がれるものらしい。
「女神オリビアの物とされているわ。だから、これが女神の代理人である証拠にもなるのよ」
女神の物を身に着けることで代理人として認められているのだということらしい。すでに髪と瞳の色が変わっているが、それだけではなく物も必要だったようだ。
セラフィーナが指示すると、他に付き添ってきた侍女2人もアイシャを取り囲み、ティアラを身に着けるだけではなく、ルルネが仕上げた衣装や髪形などもチェックしてくれた。長年セラフィーナの世話をしてきた者たちなので、ゆがみなどがあれば的確に直してくれた。その手際の良さにルルネが呆然と見ていることしかできなかった。
「他の侍女はどうしました?」
部屋にいるのがアイシャとルルネだけというのを見て、セラフィーナが尋ねてくる。
「それが・・・」
ルルネが言いよどむが、アイシャははっきりと答えた。
「私の侍女はルルネだけです。他の者は世話などしませんし、ただいるだけの存在でした。護衛だという騎士も同じです」
すべてを詳しく話さなかったが、それだけで通じると思った。
王族は接触こそしないがずっとアイシャのことを見守っていたはずだ。
おそらくアイシャが置かれていた状況も把握しているはず。だが、あえてアイシャの口から聞くことでアイシャがどんな風に思っているのかを確認していたのだろう。
だからこそアイシャも隠すことなく正直に答えた。
ルルネは少し不安そうにしていたが、セラフィーナは今のアイシャの言葉を受けて理解できたようだった。静かに頷いてそれ以上は何も言わなかった。
「時間もあまりないし、この後の儀式についての説明をしましょう」
前任者であるセラフィーナからアイシャに伝えるべきことがあるらしく、その話をするため2人だけになるため人払いをしようとした。
次の瞬間、扉が何の前触れもなく開いた。ノックがなく声を掛けられることもなく扉が開いて、2人の侍女が入ってきたのだ。何やら楽しそうに会話をしながら入ってくると、部屋にいた全員の視線を一気に浴びることになった。
「え?」
その2人はアイシャの専属侍女だった。侍女たちの後ろには部屋に入ることはなかったが2人の護衛騎士も立っていて、部屋にアイシャ以外に王妃がいることに気が付いたようで、ハッとした後に気まずそうに視線を合わせてから、何事もなかったように護衛のため部屋の扉の前に立とうとしていた。
「あら、あなたたち女神の代理人の準備があるというのに、いったいどこに言っていたの?」
侍女たちが王妃がいることに気が付いて凍り付いたように動けないでいると、王妃自ら口を開いた。
「これから女神の代理人が大切な儀式を行うというのに、その準備を怠って何をしていたのかしら」
「いえ、あの・・・」
「私たちは、その・・・」
王妃を目の前に言い訳が出てこないようだった。これがアイシャからの質問なら適当に答えていただろう。それほどまでにアイシャのことを彼女たちは見下していたのだ。
顔が青ざめていく光景は見事なくらいだったが、それを気にすることなくセラフィーナが自分の侍女たちに声をかけた。
すると、侍女の1人がすぐに部屋を出ていき、どこかに待機していたのか騎士を数名引き連れて戻ってきた。
「自分たちが何をしてきたのか、どうして今こういう状況になったのかよく考えられる場所へ連れて行きなさい」
それがどこなのかアイシャにはわからなかったが、きっと、侍女たちの態度がどれほど愚かなことだったのかわからせるための場所なのだろうと思った。
「部屋の外にいる騎士たちも一緒に連れて行きなさい。彼らは騎士としての素質にも問題があるようですから、騎士団長に報告してしかるべき対応をしてもらいましょう」
王妃の言葉に騎士たちは素早く動いていく。
わざと遅れてきた侍女と騎士たちが連れて行かれる光景にアイシャは、何の感情も沸くことがなかった。感謝祭後にアイシャが何かの罰を与えるつもりでいたのだが、その必要はなくなったようだ。
「さて、邪魔者はいなくなったことですし、少し話をしましょうか」
全員が部屋から出てしまうと、セラフィーナが微笑んでアイシャと向かい合った。
「まずは、女神の代理人様に対する貴族たちの態度をお詫びさせてください」
セラフィーナは何の迷いもなく頭を下げた。アイシャを平民出身だと蔑む者たちと違い、女神の代理人としてアイシャを扱っている証拠だった。
「王妃様が謝るようなことは何もないと思います」
王族は女神の代理人と接触できない。前任の女神の代理人であるセラフィーナも同じだった。アイシャがどんな状況にあっても、口出しすることもできなかった。
「ですが、アイシャ様の世話係を選んだのは私です。女神の代理人を丁重に扱える年の近い貴族をと考えて選んだというのに、このような結果になったこと心苦しく思います」
アイシャのためを思って選んだはずの侍女たちは、アイシャを大切に扱うどころか蔑んでいた。こんな結果になるとはセラフィーナも思っていなかったことだろう。
人選に失敗したことで責任を感じていたのだ。
「陛下も今回のことを後悔しています」
国王もアイシャの周りに付ける貴族の人選には関与していたようだ。アイシャのおかれた立場の報告を受けた時はひどい後悔をしていた。だが、王族はそれ以上何かをすることもできず、ただ見守ることしかできなかった。
「すべては王家の責任だと思っております」
確かにもっとまともな貴族がアイシャの側にいたら、城での生活は苦しくなかったことだろう。だが、すべての貴族がアイシャを見下していたわけではない。そのこともアイシャはわかっているつもりだ。
「すべてが王家の責任ではないと思っています。貴族一人一人が自覚を持っていたらこんなことにはならなかったはずです」
アイシャは今ここでセラフィーナを責めるつもりがなかった。もうすぐ女神の儀式が始まる。そこで答えを出せばいいのだから。
「確かにその通りです。ですが、招いてしまったことを謝罪しておきたかったという私の我が儘です。アイシャ様がどんな答えを持っていても、それを覆したり意見できる立場でないことは承知しています」
セラフィーナも女神の代理人を務めていた。どんな立場であるのかを理解している。今回の謝罪は個人的なものであり、アイシャがどんな答えをこれから出しても何も言えない立場であることもわかっていた。
「アイシャ様がこの先どんな答えを出そうとも、私たちはすべてを受け入れる覚悟です」
その言葉はアイシャが城に来てから抱いていた気持ちの答えがどんなものになるのか知っているように思えた。そのうえですべてを受け入れると宣言している。
「・・・王妃の覚悟は受け入れましょう。どんな答えになろうともこの国を支えそれを証明して見せなさい」
不思議と言葉が出てきた。アイシャの意思というよりも誰かがアイシャの口を借りて話しているような感覚。それはセラフィーナにも伝わったようだった。一瞬驚いた顔をしたが、すぐに冷静な表情に戻ると軽く頭を下げた。
それだけで2人は今の言葉が女神からもたらされたものだと理解し、ここで会話は終わりとなった。
あとは感謝祭での儀式のみ。アイシャはすべての答えを胸に儀式へと挑むことになった。




