襲撃回避
公爵家の屋敷から外に出ると、手入れのされていない庭が広がり、目の前に付けられた馬車の近くには数人の騎士たちが待機していた。草が伸び放題の庭の方にアイシャの護衛騎士の双子がいたが、そこを気にすることなくアイシャを伴って馬車へと向かう。
先にアイシャを馬車に乗せると、すぐ後ろにいたレイストに双子が近づいていき何かを耳打ちしている。それを聞き終えるとレイストが馬車に乗る前のアレスに声をかけてきた。
「ネズミが十数匹いたようですが、すべて駆除したそうです」
「そうか。他は?」
「まだわかりませんが、影が動いているようです」
レイストの言葉に小さく頷いたアレスはそのまま何事もなかったように馬車に乗り込んだ。
アイシャたちと屋敷に入って公爵と会話をしている間に、屋敷の外で動きがあった。
玄関前には双子の騎士以外にもアレスの護衛騎士が数名待機していた。彼らは草が生い茂る庭の方で異変を察知しすぐに対処した。
隠れていたごろつきがいたのだ。王家の馬車が公爵家に入ったことをどこかで見ていたのか、襲うチャンスを窺っていたようだ。だがすべて騎士たちによって排除され制圧されてしまった。
ただ、ごろつきたちが自分の判断で襲ってきたと思うのは早いと考えている。もしかすると王家やアイシャを狙うように誰かに雇われて待機していた可能性もあるのだ。
そんなことを考えるとシーラのことを思い出した。公爵は深い反省と謝罪をしているように思えたが、シーラは何も変わっていなかった。アイシャが訪れることを知って襲うことを思いついてもおかしくない。
もしそうなら、つくづく哀れな女だと思うしかない。
「殿下」
考え事をしていると、ロイナーが声をかけてきた。
「僕は少し残ろうと思います」
ロイナーも状況を見て何が起こったのか察したようだった。騎士を数名残すつもりでいたが、ロイナーも何かやり残したことがあるらしい。
アストラル公爵家に対して思うところもまだあるのだろう。アレスが口を挟むことではないと思い静かに頷いた。度が過ぎることを彼がすることはないはずだ。
ロイナーと数名の騎士を残して、アレスが馬車に乗り込むとゆっくりと動き出した。するとアイシャが首を傾げる。
「ロイ兄さまは?」
ロイナーが乗っていないのに動き出したことを心配したのだ。
「大丈夫。ロイナーは少し残ってやることができた。後で馬車を向かわせるから今は別行動になる」
「そうですか」
特に追及してくることもなくアイシャは納得したように頷いていた。
向かい合って座ったアレスは、ひとつ確かめたいことがあった。
「アイシャに確認したいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「もしかして・・・」
言いかけた時だった、急に馬車が止まり言葉を飲み込むことになる。進行方向を向いていたアイシャがバランスを崩して前のめりになるのをとっさに支えると抱き合うような形になった。
「ありがとう」
驚いた声でアイシャが礼を言うが、アレスは急に馬車が止まったことの方が気がかりだった。
「殿下」
扉が開けられることなく馬車の外からレイスとの声が聞こえてくる。
「どうした」
「屋敷の外にまだ残っていたようです。対処します」
それだけで意味が通じた。アレスはすぐに外が見える窓のカーテンを閉め切った。中を見せないためという意味もあったが、騎士たちが残っていた残党を始末するところをアイシャに見せたくなかった。
「アレス?」
椅子に座りなおしたアイシャが不思議そうに首を傾げた。
「馬車の進路を塞ぐ者がいたらしい。すぐに対応するから少し待っていてくれ」
それがどんな相手なのか説明しなかったが、アイシャは何かを察してくれたのか静かに頷くだけだった。そして、目を閉じて深呼吸をするとゆっくりと瞼を開けてまっすぐ前を見つめた。
その瞬間馬車の中の雰囲気が変わったような気がした。神聖なものを感じ取ってアレスは何も言えなくなる。
それと同時に外で男のうめくような声が聞こえてきた。それも少しの間で、すぐにレイストの声が馬車の外から聞こえてくる。
「片付けましたのですぐに出発します」
外ではごろつきたちの襲撃を騎士たちがあっという間に制圧して道が開かれていた。
倒された男たちは屋敷に残してきたロイナーと騎士たちに任せることになり、馬車は何事もなかったように動き出したのだった。
「アイシャ、今何かした?」
再び動き出した馬車の中で、アレスは無言でいるアイシャに質問していた。
急に雰囲気が変わったアイシャ。馬車の中が静けさとともに涼しげで荘厳な雰囲気に変わった。アイシャが何かをしたことは間違いなかった。
「特に何も」
アイシャの雰囲気がいつも通りに戻っていた。ただ、何かをしたはずなのに覚えていないのか、何かをしたという感覚がなかったのかもしれない。アレスがただ感じ取っただけ。
「女神さまが護ってくださったのだと思います」
その言葉で何が起こったのかアレスにはわかった。
アイシャを通して女神オリビアが馬車を守ってくれたようだった。ごろつきの制圧もあっという間だったが、騎士の腕が良かったこともあるだろうが、女神の力が働いたのかもしれない。
雰囲気だけではあったがアレスは女神の力を目の当たりにした気がした。
「さっき、何か言いかけていましたよね」
驚きに言葉を失っていたアレスに、アイシャは何事もなかったように質問してきた。最初にアレスが言いかけた質問が気になったようだった。
「そのことだけど、アイシャ、もしかして記憶が戻っていないか?」
気を取り直して、気になっていたことを口にした。
最初は気が付かなかった。アイシャは記憶がないまま公爵家へと来たと思っていた。だが、公爵令嬢のシーラが現れて、彼女に対する対応がなんとなくすべてを覚えているような気がしたのだ。
気のせいかもしれないとも思ったが、今馬車が襲撃された時の急激な雰囲気の変化にアレスは気のせいが一気に確信へと変わっていた。
アイシャが数回瞬きをする。アレスの質問に驚いている様子だったが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
それだけだった。
肯定も否定もすることなく静かに窓の外に視線を向けたのだ。
そんなアイシャに、アレスは問い詰めるようなことはしなかった。彼女が何も言わないのなら、今は聞かないほうがいいということなのだろう。
何も言うことなくアレスも窓の外を眺め、しばらく無言の馬車の中になってしまったが、そのあと再びアイシャに話しかけた時、記憶に関することに触れることなくいつも通りの2人に戻っていた。




