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視察

馬車に揺られながら外の景色を見ていたアイシャは、急に風景がわかっていくのがわかった。

空気が変わったという感覚もある。アイシャの願いで領地をめぐることになり、王都を出て2つの領地に行ったが、そこは3年前にアイシャと関わりを持つことがなかった貴族が治めていた。領主は城ですれ違うことはあったかもしれないが、その程度の関係性であり、アイシャに対して見下すような感情も持っていなかったようで、祝福を拒否しても領地に大きな影響が出ていなかった。

アイシャが領主と顔を合わせても、きちんと受け入れてくれている。アレスが一緒ではあったが、王族がいるからという理由ではなく、アイシャを女神の代理人として扱っていることがわかる態度だった。

アイシャも安心して領地を見て回ることができた。2つの領地を穏やかな気持ちで視察した後、次はアイシャを虐げていた貴族の領地へ行くことになっていた。

「ここからアストラル公爵領になる」

ロイナーの説明にアイシャは静かに頷いた。

アイシャを嫌い、率先してアイシャを虐げていた公爵令嬢がいる領地。女神の怒りを一番に浴びているであろう領地が現在どんな状況なのか確かめるためにやってきた。

馬車の中にはアイシャとアレス。ロイナーも乗っている。馬車を守るように護衛騎士たちもいる。

ここからは魔物が溢れる領地となるのだが、アイシャがいることで女神の加護が魔物を寄せ付けないため襲われることはない。ただ、魔物が襲ってこなくても人が襲ってくる可能性がある。

アストラル公爵領は3年前から魔物に襲われ、凶作になってしまい作物の収穫も減った。領民は逃げ出し治安がどんどん悪くなっていった。そのため、賊の襲撃の可能性を考えなければいけない。

馬車を囲うように騎士たちが配置されていた。目隠しになる森などを避けてアストラル公爵邸がある街へと向かっていた。

「このまま暗くなる前に街に入るつもりでいる。途中で止まる方が危険だろう」

治安の悪い地域だ。途中には小さな村があったが、そこは領民が逃げ出して廃墟となっているらしい。賊が住処にしている可能性もあり、何とか維持できている街まで突き進むことを説明された。

「何も起きなければいいですけど」

少し心配しながらアイシャは窓の外を眺めた。見渡す限り緑の場所を走っている。

アイシャが外を眺めている間に、アレスとロイナーが顔を見合わせて視線だけ会話をしていたことに気が付くことはなかった。

そのまま馬車は順調に走り続け、やがて目的地である街へとたどり着いた。

「街の中も活気がないわね」

治安が悪くなったせいか、その前からかはわからないが、壁に囲われている街だった。街に入るための門が北と南の2か所だけ。

南側から入るのに門に立っていた騎士にディランが話しかけていた。短い会話をしたあとすぐに馬車は動き出して街の中をゆっくりと進んでいく。

窓から外の様子を見るだけのアイシャは、活気がなく寂れたような雰囲気が漂っている街並みを静かに見つめていた。

夕方にはなってしまったが、まだ外は明るい時間だ。それなのに街の中を歩いている人の姿がまばらだった。特に子供がどこにもいなかった。それに、外を歩いている人々の表情が暗い。

アストラル公爵領に入る前の2つの領地と明らかに違うことがわかる。ここまで違うものなのかと思うけれど、これが女神の怒りを買った結末なのだ。

「このまま公爵邸に行こう」

アレスの言葉に馬車の中に視線を向けると、どこか緊張した面持ちのロイナーと、真剣な顔をしているアレスが顔を見合わせていた。

どうしてそんなに難しい顔をしているのか、アイシャは首を傾げるしかなかった。

馬車はそのまま止まることなく走り続け、やがてゆっくりと速度を落とすと、大きな屋敷の前で停車した。

「ここがアストラル公爵邸だな」

先に降りたロイナーが外から見てもわかるくらい手入れの行き届いていない屋敷を見上げた。

庭も草が伸び放題になっていて、人が住んでいるとは思えない状況だった。ましてや、貴族の屋敷だと言われても疑うしかない。

アレスの手を借りて馬車から降りたアイシャも見上げると、なんだか不穏な空気をまとった屋敷に見えた。中に入るのを躊躇ってしまいそうな暗い雰囲気に、もしかするとお化けでも出るのではないかと思ってしまった。

そんなことを考えていると屋敷の扉が音を立てて開いた。建付けが悪くなっているのに直すことさえできない状況のようだ。扉の音に少し驚いたアイシャだったが、すぐ隣にいたアレスが反応してアイシャを庇うように立つ位置を変えたのだ。

扉からゆっくりと年老いた男性が姿を見せた。どうやら公爵家の執事のようだが、疲れ切った顔によれよれの服が公爵家の人間とはとても思えなかった。

「ようこそいらっしゃいました公爵様が中でお待ちです」

「公爵自ら出迎えることもしないのか」

アイシャは女神の代理人であり、王族であるアレスもいるというのに、出迎えたのが執事1人というのは普通ならあり得ない状況だった。

屋敷と執事を見る限り、出迎えるだけの余力がないのだろうと予想できた。

「とりあえず入ってみますか」

執事をじっと見つめてからロイナーが仕方がないという感じで促してきた。ここで待っていても何も進まない。アイシャが頷くとロイナーが先頭に立って歩き出した。それについて行くとすぐ隣にアレスが寄り添うように歩いてくれた。

後ろからレイストとディランがついてきて、他の騎士たちは馬車の周囲で待機することになったようだ。

屋敷に足を踏み入れると背筋が寒くなるような気がした。

まだ明るい時間だというのに屋敷の中が暗く、使用人がいないのか活気がない。

「な、何か出てきたりしませんよね」

アイシャは無意識にアレスに近づいていた。

「今のところ問題ないかと」

怖がるアイシャに答えたのは後ろを歩くレイストだった。人の気配を探って隠れている人間がいないと判断していた。アイシャとしては人ではなく目に見えない何かがいたらどうしようという意味だったのだが、レイストは安心させるつもりだったのか真面目に答えていた。アレスが苦笑している。

「アイシャ、大丈夫だから。俺から離れないように」

怖がるアイシャの腰に手を添えて寄り添うように歩いてくれた。それだけで少し安心してしまっていた。

「こちらになります」

先を歩いていた執事が弱々しい声で部屋へと案内してくれた。そこは応接間のようだったが、ソファとテーブルはあったが、調度品などは一切ない殺風景な場所だった。公爵家が客を招くにしては

あまりにも何もない空間だ。

「公爵様が参りますので、こちらでお待ちください」

一礼して執事が出ていく。

「ここまで寂れているとは・・・」

部屋の中を確認したロイナーが公爵家の現状にため息をついた。

「使用人は今の執事くらいでしょうか?」

「他の使用人は全員出ていったようだ。逃げ出したというべきかもしれない。公爵令嬢が何をしたのか知ったことで領地が傾き治安が悪くなった。ここにいても何も徳がないと判断したようだ」

いろいろと調べていたアレスは公爵家の内情を知っていた。

調度品のない部屋は、逃げ出した使用人たちが持ち逃げした物もあるらしく、それ以外にも物を売らないと公爵家を維持できなかったようだ。

そうして何とか公爵という立場を維持していたようだが、3年は長すぎたようで、もう維持することもできず朽ち果てる寸前まで来ていた。

「公爵も出迎えに来なかったが、体調を崩しているらしい」

「公爵令嬢もここに住んでいるのですよね」

執事1人に公爵だけがいるわけではないはずだ。アイシャを虐げていた張本人のシーラ=アストラルも屋敷の中に引きこもっている。

「屋敷のどこかにいるだろうが、この状況でどんなことになっているかわからないな」

女神の祝福を受けられず、その原因を作ったシーラは逃げるように領地に戻って、そこから一切外に出なくなった。生きてはいるようだが、どんな状況でいるのかまではわからないようだった。

「会ってみたいかい?」

アレスに問われ、アイシャは少し考えた。領地を見てみたいということでここへ来たが、ひどい惨状に公爵も動けない状況。それにもかかわらず部屋に閉じこもり続けているシーラが現在何を考えてどんなことになっているか少し気になった。

アイシャを虐げたことを後悔しているのか、3年前の過ちを償うつもりがあるのか。

「会えるのなら、会ってみたいです」

3年ぶりの対面にシーラがどんな反応を示すのか見てみたいと思う反面、虐げていた本人に会うことに躊躇いもあった。それでも確かめなければいけないような気がした。それがアイシャだけではなく、女神の意思だったのかもしれない。

「ここまで来たんだ。アイシャのことは守るから、会いたいのなら会ってみたらいい」

アレスは賛成してくれた。アイシャの意思を優先してくれたのだ。だが、ロイナーは難しい顔をしていた。あまり会わせたくないのだろう。

アイシャを見下し率先して虐げていた張本人だ。ロイナーの中で敵と認識されていることだろう。

「公爵に会った後に令嬢にも会えるように手配しよう」

そんな話をしていると扉が開けられて執事が入ってくると、そのすぐ後ろから杖を突いた白髪の男性が姿を見せた。

「彼がアストラル公爵だ」

アストラル公爵はまだ50歳前半のはずなのに、目の前に現れたのはもっと年上に見える老人だった。アイシャはその姿に言葉が出てこなかった。

これは女神の怒りの報いなのだろうか。それとも朽ちていく領地に心労が祟って老いるのが早くなったのかもしれない。とにかく思っていた年齢に全く見えない男性がそこにいた。

「申し訳ありません。公爵様は足が悪いため椅子を使いたいのですが」

話をするなら座りたいと執事が言ってきて、公爵も杖を使っているが立っていることがつらそうな雰囲気だった。

「我々も座ろう」

アレスが言うと、部屋に残っているテーブルを囲うように配置されている椅子に座ることになった。

アイシャはアレスに促された椅子に座り、その隣にアレスも座った。公爵が座ると後ろに執事が立つ。ロイナーも座るかと思ったが、彼はアイシャの後ろに立ち、騎士たちも後ろで待機することになった。

「さて、まずは公爵の話を聞かせてもらおうか」

アレスが優しい言い方をしたが、目は決して優しくなかった。

「公爵領の現状はこちらでも調べているが、公爵の口からも状況説明をしてもらおう。それと、アイシャに対してなにか言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」

アイシャが公爵領へ来ることは事前に通達していた。目の前の彼が何を考えどんなことを説明するつもりなのか、アイシャも静かに口を開くのを待つことにした。

彼の答えや、娘シーラの現状など、女神からの祝福を再び与えることができるのか、その判断をする重要な話が始めることになる。


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