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優しさに包まれて

「本日は殿下と夕食ですし、大人びた髪型にしてみましょうか?」

「ドレスもこちらがいいでしょう」

「アイシャ様の色気が存分に出るような化粧にしましょう」

侍女たちは嬉しそうに会話をしながらアイシャを今夜飾り付けることを楽しんでいた。

「色気・・・」

そんなものがアイシャにあるとは本人は思っていなかった。普通に生きていれば21歳になっているが、眠っていた3年間はカウントされないようで、今でも18歳だ。成人しているとはいえ色気があるのか疑問だ。

今夜はアレスと2人で食事をすることになっている。久しぶりにゆっくりできるからという理由で他の王族も抜きで2人だけの食事に誘われたのだ。

それを侍女たちに話すと、なぜかアイシャよりもやる気満々で準備を始めていた。

「こっちの色の方がいいと思うわ」

「こちらの方が大人びて見えると思うのよ」

「殿下を誘うなら、この香水がいいかしら?」

食事をするだけのはずなのに、なんだか違う方向に3人が進んでいるような気がして、少し怖い気がした。

声を掛けようとすると動かないように指摘されてしまう。今は侍女たちに着飾られるため黙って立っているのがアイシャの役目になっていた。

アイシャの意見より3人の意思が優先されて決まったドレスは、普段着ているドレスよりも明らかに露出が多くなっている。アクセサリーもいつもより豪華な気がして、明らかに高そうだった。心配になって侍女たちに視線を向けると、3人は満足そうな顔で頷きあっていた。

「殿下も喜ばれるでしょうね」

「私たちの力作よ」

「アイシャ様はこういうドレスもお似合いです」

アイシャが口を挟めそうにない満足感と達成感が3人を満たしていることがわかってしまった。

何も言えないままでいると、扉をノックする音が聞こえ、どうやら迎えが来たようだった。

ルルネが扉を開けると、その場で一瞬固まった。だがすぐににこやかな笑顔になる。

「どうぞ。アイシャ様がお待ちです」

なんだか嬉しそうな声で迎えに来た相手を部屋へと招き入れていた。

「アイシャ、迎えに・・・」

入ってきたのはアレスだった。誰か迎えをよこすとばかり思っていたが、彼が自らアイシャを迎えに来てくれたのだ。

「アレス殿下」

アイシャは動こうとして、いつもと違う高いヒールの靴にすぐに動けなかった。下手に動くと転んでしまいそうでアレスの前で醜態を晒したくはなかった。

「・・・綺麗だ」

「え?」

ぽつりと言ったアレスの言葉は、靴に気を取られていたアイシャの耳には届かなかった。

アレスは軽く首を振ってから近づいてきて手を伸ばす。

「迎えに来たよ」

「まさか殿下自ら来るとは思っていませんでした」

「せっかくの2人の食事だ。少しでも一緒にいられる時間を増やしたいと思ってね」

食事だけではなく送り迎えもすることでアイシャと一緒にいられる時間を長くしようということらしい。その言葉を聞いた3人の侍女が少し離れた場所でそわそわとしている。心の中では黄色い声をお互いに叫んでいそうだった。

なんだか恥ずかしくなって、早く部屋から出たいと思っているとアレスが手を伸ばしてきた。エスコートしてくれるのだと思いその手を取ったが、アレスはアイシャの手の甲にそっとキスをしてきた。

侍女たちが見ないように視線を逸らす。だが、こちらに意識が向いていることは明白だった。

「食事の前に少し話をしたい」

キスをされた手が熱いなと思っていると、アレスの静かで落ち着いた声が響いた。

何か大切な話をするのではないかと思い、侍女たちに視線を向けると、彼女たちは心得たように部屋を出ていこうとしていた。

「部屋の前にいますので、お話が終わりましたらお呼びください」

最後に部屋を出ようとしたアリンが綺麗な一礼をして出て行った。

アイシャの部屋でアレスと2人きりになったのは初めてだった。違和感と緊張感が出てくる中、アレスが口を開いた。

「君に危害を加えようとした男がいただろう」

それは城の中でアイシャに対して不遜な態度を取り、見下してきた侯爵令息のことだった。彼はアイシャに手を上げようとして騎士達に押さえつけられた。その後のことをアイシャは何も聞いていなかった。

女神の代理人に手を上げようとしたことから地下牢に放り込まれたという説明だけはされていたが、その後彼がどうなったのか何もわからなかった。

「彼ならまだ地下牢にいる。処罰が確定するまでは出てこられないだろう。それよりも先に、父親である侯爵が男との縁を切ると宣言した」

それは貴族ではなくなるということだった。

「もう会うこともない。もしも何か心配していたら、気にする必要はない」

騎士達に取り押さえられた最後の姿を見て、彼に恐怖を感じることはなかった。心配はしていなかったのだが、アレスは気にしているのだと思っていたようだった。それに、ちゃんとアイシャに報告してくれる。

「私は大丈夫です」

笑顔で答える。何も心配していないし、処罰に関してもアレスを信じていると意味を込めておいた。

それが伝わったのか、ほっとしたような顔でアレスも微笑んだ。

「まだ調査していることがあるけど、何かあればアイシャにも伝えるから。それから、領地の視察をしたいと言っていたけれど、アイシャが行ってみたい場所があれば教えてほしい」

「行ってみたい場所?」

国のことを知るためにすべてではなくても各領地の状況を確認したいと思っていた。そのことをアレスに伝えていたのだが、調整してくれているようだ。女神の感謝祭まで時間がない。できるだけ早く領地を見たいと思っていた。

抗議の中に領地のことを学べる時間があった。興味の湧いた領地がいくつかあったが、今から向かうには遠い場所もある。近い場所を選んで伝えたら叶えてもらえる可能性があった。

それと同時に、アイシャを虐げて領地が大変な状況の場所も確かめておくべきだと考える。大きく差がついてしまった領地の状況を見てみたかった。女神もそれを望んでいるような気がしている。

アイシャを通して国のことを知り、その時アイシャが何を感じてどう思っているのかも女神は知りたいのかもしれない。3年前にもそうやって現状を知り、代理人を虐げていることに怒りの制裁を下したのだ。

比較的穏やかな領地をアレスに伝えた後、アイシャは一番気になる領地の名前を挙げることにした。

「アストラル公爵領も見てみたいです」

「そこは・・・」

3年前にアイシャを虐げていた一番のシーラ=アストラル公爵令嬢がいる領地だ。彼女がアイシャを見下したことで、他の貴族たちもアイシャに対して冷たい態度を取っていた。公爵家が代理人を虐げるのなら自分たちもと同調していったのだ。平民出身ということが余計に彼らを冷酷にさせていった。

「私のことを一番嫌っていた相手が今どうなっているのか、確かめてみたいと思っています」

そう感じるのは女神の意思なのかもしれないが、アイシャも気になっていた。

だが、アイシャが知らないところで公爵家が妙な動きをしている情報を持っているアレスは、素直に頷くことができないでいた。

「一番嫌われていた相手を確認したいのか?」

「女神の怒りを一番に浴びているはずです。その現状を見る必要があるように感じます」

公爵領が一番ひどい現状なのだろう。それを確かめることで女神の怒りがどれほどなのかをアイシャ自身が見ることができる。

ちょうど領地も王都からそれほど離れていない。視察できる距離なので提案もしやすかった。

「そうか・・・公爵領か」

少し悩むようなそぶりを見せるアレスだ。

「・・・わかった。調整してみる」

何を思ったのかアイシャにはわからなかったが、アレスはアイシャの願いを叶えることにしたようだった。現状を見たいという女神の代理人の言葉を聞き入れることが重要だと思ったのかもしれない。

「ありがとう」

お礼を言うと、アレスは少し困った顔をしてからそっと顔を近づけてきた。

額にそっと唇が触れる。

「アイシャの願いはできるだけ叶えないといけないだろう。女神の代理人の意思は女神の意思でもあるだろうし」

女神が見たいと考えている。それをアイシャがアレスに伝えているのだと考えたようだ。

「少し危険な場所になるだろう。護衛は付けるけれど、俺も一緒に行くから絶対に側を離れないと約束してくれ。絶対に守るから」

触れられた額が熱いような気がしたが、アイシャはそのことを気にすることなく頷いた。

アレスの愛情を感じる。大切にされていることが伝わってきて気恥ずかしさで顔を上げられなかった。

「アイシャ」

名前を呼ばれ少し顔を上げると、優しいまなざしを向けてくるアレスの顔が目の前にあった。

アイシャは無意識に目を閉じた。

すると唇に優しく触れるものがある。それはわずかな時間だったが、離れたのを感じて目を開けるとアレスのさらに甘い微笑みが目の前にあった。

「必ず守るから」

優しく包み込むように抱きしめられ、ふわふわとした感覚でアイシャはしばらくアレスの腕の中にいることになった。


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