報告と今後の方針
机の上に置かれた書類にアレスは真剣な表情で向き合っていた。
アイシャにこれ以上危害が加えられることがないように、3年前にアイシャを虐げていた貴族たちの今を調べていた。その結果が報告書となってアレスの目の前に置かれているのだ。
その内容を読み終えて息をつく。
「特に3年前から変わりないと言っていいでしょう」
書類を持ってきたエリオは内容を知っている。さきに目を通していた。
アイシャのことを虐げていた貴族たちの領地は魔物に襲われ、作物が育たず、領民は逃げ出して人口が減っていた。治安が悪くなり、ならず者が増えた領地もあるようだ。
アイシャを虐げた報いなので、アレスはかわいそうなどと思うはずもない。
親である領主がそのとばっちりを受ける羽目になったとはいえ、女神の代理人に選ばれた人間が誰であろうと受け入れなければいけないことを子供たちにしっかり教育してこなかった罰だと思うしかないだろう。
「この中でアイシャのことを今でも恨んで行動に移そうとしている者がいただろうか?」
現状報告ではアイシャを虐げた者たちは皆領地に戻り引きこもっている。3年間ずっと外に出ることなく領地が荒れていくことにも目を向けなかったようだ。
ずっと引きこもっている者たちの中に、アイシャが再び王都に戻ってきたという情報を得て、間違った復讐を企てている者がいたか、アレスは先に報告書を読んだエリオに質問した。
「引きこもったまま屋敷から出てこない者たちばかりでした。これ以上の被害が出ないように大人しく閉じこもっているだけの者がほとんどのようです。中にはアイシャ様に謝罪をして何とか領地を立て直したいと思っている貴族もいるようですが、今のところ謁見の予定は一切入れていません」
淡々と話すエリオは、接触しようとしている貴族たちに辛辣だった。
エリオも3年前にはアレスと一緒に他国にいたためアイシャがどんな状況にあったのか知らなかった。女神の代理人の重要性をしっかり理解している側近は、アイシャに対して行われていた行為がどれだけ愚かなことなのか理解し、それを行っていた貴族に対して情を持つことをしていない。
ロイナーも厳しく対応しているが、彼は王族であるアレスに対しても厳しい。
「ただ、この中でアストラル公爵家に不審な動きがあったようです」
「アストラル公爵か」
3年前にアイシャを虐げていた一番の貴族と言ってもいい相手だ。
シーラ=アストラル公爵令嬢。アイシャの話し相手として選ばれたのだが、平民出身のアイシャに対して敵意を隠すことなく、女神の代理人であるはずのアイシャを最初から見下し虐げていた。
平民ということが気に入らなかっただけではなく、彼女は自分こそが女神の代理人にふさわしいと勘違いしていた。
女神の祝福が拒否され、アイシャを虐げていた貴族が判明するよりも先に、シーラ=アストラルは領地に引きこもってしまっていた。こちらの調査にも応じることはなく、父親の公爵も可愛い娘を差し出すことをしなかった。こちらで勝手に調べただけでもシーラは完全な黒だったことを思い出す。
公爵令嬢がアイシャを虐げたことで、他の貴族も続くようにアイシャを見下してしまった部分もあった。シーラがアイシャを受け入れていれば3年前に女神の怒りを受けることもなかっただろう。
「公爵や令嬢に動きがあったわけではないな」
「ですが、妙に人の出入りが多かった時期があります。何かをする気なら、彼らは自分でやらずに人を動かすでしょう」
エリオの意見にアレスも同意する。自分たちの手を汚さず、金を積むことで汚い仕事を引き受けてくれる人間はいる。公爵家もそれくらいの資金はあるのだろう。
もし本当にアイシャに対して何かをするつもりなら、見過ごすわけにはいかない。
「もう少し詳しく調べる必要があるな」
アイシャを守るためにアレスは手を抜くつもりはなかった。
「他の貴族の動向も注視する必要があるだろうが、公爵家を優先して調べてくれ」
「わかりました」
エリオがすぐに部屋を出ていく。
「アイシャへの護衛を強化しますか?」
エリオとアレスの会話を黙って聞いていたロイナーが口を開いた。どんな判断をするのか彼はずっと聞いていたのだ。
「それができたらいいが、そうなると、周囲に不安を招く可能性がある。なにより、アイシャが心配するだろう。自分が狙われているかもしれないと思うだろうし、怖がらせたくない」
怪しい動きをしている貴族がいるだけでは、アイシャがどれほど危険なのかわからない。不安だけを煽るようなことはしたくなかった。だが、何もしないというわけにもいかない。
「影を彼女に付けようと思う」
アレスには表に出てこない護衛がいる。アイシャに気付かれることなく彼女を守るため、自分の影を一時的にアイシャに付かせることにした。
ロイナーはアレスに影がいることを知っているが、具体的にどんな人物なのか知らない。
そのことを懸念してアイシャには別の護衛をつけるべきだろうと進言するかもしれないと思ったが、ロイナーは納得したように頷いた。
「それがいいと思います」
まるでアレスが影を動かすことをわかっていたかのようにあっさりと認めていた。
すんなり決まったことに少し拍子抜けしたが、アレスも影をつけることに問題ないと判断した。
「俺も仕事がだいぶ落ち着いてきているから、できるだけアイシャと会えるようにしておくつもりだ」
公爵家がどんな動きを見せるのかわからないが、王族であるアレスが側にいるだけでアイシャを守れる可能性もあった。
「公私混同してませんよね?」
「もちろん」
ただアイシャに会いたくて発言していると思われたようだった。アイシャに会えることは嬉しい。ただ、彼女の安全を一番に考えなければいけない。アレスが周囲の抑止力になってくれればと思っての発言だ。
「とにかく、怪しい動きをしている貴族を徹底的に調べないといけない」
公爵家の怪しい動きがアイシャと関係なければそれでいい。だが、もしもアイシャに危害が及ぶようなら容赦するつもりはなかった。3年前にもアイシャを虐げていた貴族だ。その時は女神の怒りを受けて領地が危機に陥っている。王家としては手を差し伸べることをしないことで罰としてきた。だが、またアイシャに何かするつもりなら、女神よりも先に鉄槌を下すつもりでいる。
それに、中途半端なことをしていたら、目の前にいるロイナーがエリストン侯爵家の力を使ってアレスからアイシャを取り上げてしまうだろう。記憶がなくても再びアイシャと一緒にいられる時間を手に入れたのに、ここで引き裂かれるなんてことは嫌だった。
「陛下にも報告しておきます。殿下だけではなく陛下も動くかもしれませんね」
アイシャのことは全面的にアレスに任せている国王陛下だが、放置しているわけではない。必要とあれば陛下自ら動く可能性もあった。
「陛下が動く前にこちらで解決できればいい」
そうでなければ王位継承者として認めてもらえないような気もする。
アレスの力が試される時なのかもしれない。
そんなことを考えながら、机の上に置かれている資料を手に取った。アレスの仕事はアイシャを守るだけではない。ロイナーも自分の仕事に戻り、しばらくの間紙が擦れる音が部屋に響くことになった。




