資格
予定の時間を過ぎても待ち合わせていた相手は来なかった。何かあったのかと最初は心配したのだが、その時は連絡が来るはずなので相手がただ遅れているだけなのだろうと考えなおしていた。それと同時にアイシャを待たせていることが、わざとなのだろうという憶測も持っていた。
そう考えてしまうのは初めて会った時の彼女の印象にある。
アイシャが城にやってきて、見知った相手など当然いない。そのためアイシャには侍女以外にも話相手として貴族令嬢が数名選ばれていた。その中の1人にアストラル公爵令嬢がいた。
挨拶をしていた令嬢たちだったが、その中でシーラ=アストラルだけが、アイシャを見る視線に鋭さを帯びていて、恨みでもあるかのような雰囲気を出していた。
初対面なのでアイシャが恨まれる理由はない。気のせいかもしれないと思っていたのだが、今回のお茶会に遅れてくることを考えると、悪い方向に考えが向かってしまっていた。
しかも、お茶に誘ってきたのはシーラの方だった。ほかの令嬢は誘われていないらしく、2人だけで何か話したいことがあるのだろうと承諾したのだが、誘ってきた相手が来なければお茶会は始まりもしなかった。
「一体いつまで待たせるつもりでしょう?」
すぐ近くに立っていたルルネが文句を言う。公爵令嬢に対して面と向かって言うことができない立場だが、アイシャ以外に誰もいないので問題ないと判断したようだった。
アイシャも同じ気持ちではあるが口には出さなかった。
そんなことを考えていると、足音が聞こえてきた。視線を向けると、遅れてきたことに何の罪悪感もなくシーラ=アストラルが悠然と歩いてきていた。それを黙って見ていると、彼女もアイシャの視線に気が付いた。だが、遅れてきたからと急ぐそぶりも見せない。逆にアイシャの視線に気が付いて勝ち誇ったように口角を上げたのだ。
明らかな挑発行為だったが、アイシャは気にすることなく視線を戻した。
相手が公爵令嬢とはいえ、アイシャは女神の代理人だ。どちらの立場が上なのかはっきりしている。アイシャがここで取り乱せば相手はますます調子に乗りそうな気がした。
最初からアイシャに対して好意的ではないシーラだ。今回お茶に誘ってきたのも彼女だった。
何を考えているのかわからなかったが様子を見るためにも応じたアイシャだ。
「ずいぶんお早い到着ですね」
向かいの席に座ったシーラはアイシャが早く来てしまったかのような言い方をした。
「時間通りだったと思いますが」
「あら、連絡をした侍女が時間を間違えたのかしら。それは申し訳ありません」
全く反省している口ぶりではなかった。
どうしてここまでアイシャに敵意を示すのか、考えてもわからなかったが、質問したところでまともな答えが返ってくるような気もしなかった。
「何かお話がありましたか?」
こんな不毛な時間は早く終わらせたいと思い、アイシャから質問した。
目的がわかれば対処もできるだろうと、その時のアイシャは軽く考えていた。
「ずいぶんな態度ね」
急にシーラの雰囲気が変わった。顔は穏やかだったのに、口調と視線が敵意を示していた。一瞬にして誰が見ても不機嫌で、見下すような態度に変わったのだ。
急な変化だったが、アイシャは変わることなく静かにシーラを見た。
すると、彼女の気に障ったのか、シーラは急に立ち上がって、目の前に置いてあったカップを持ち上げるとアイシャの前に立ってカップをひっくり返した。
顔にかかることはなかったが、スカートに染みが広がる。
「なっ」
すぐそばにいたルルネが絶句して固まったのがわかった。
だが、アイシャはスカートに広がった染みを見てから静かにシーラを見上げた。これが何を意味するのか分かっているのだろうか。何が目的なのかを見定めなければいけなかった。
静かに見上げてくるアイシャを気味悪く思ったのか、シーラは眉間にしわを寄せると一歩下がった。令嬢がするべき顔ではないなと内心思いながら彼女が口を開くのを待った。
「いい気にならないでほしいわ。所詮は平民。わたくしの上にいるなどと思わないことね」
どうやら自分の方が上であることを示すための行動だったようだ。だが、アイシャは平民出身かもしれないが女神の選ばれた代理人だ。そのことをシーラは何も考えていないのかもしれない。そんな者がどうしてアイシャの話し相手に選ばれたのか謎だった。
年の近い公爵令嬢というだけで選ばれたことをアイシャは知らなかったのだ。
「それがあなたの考えということですね」
城に来てから、アイシャに対して友好的な人間と不愉快な視線を送る者、どちらでもない戸惑っている様子の者もいた。ただ、ここまで敵意を見せてきた人間はいなかった。
「自分が女神に選ばれたからそんな態度でいられるのでしょうけれど、どうせ平民のあなたがここでの生活に馴染めるはずがないわ。しかも、アレス殿下の婚約者だなんてありえない」
平民ということを強調していることから、自分よりも身分が低いことが許せないようだ。そして、そんなアイシャがアレスの婚約者になっていることも許せないことがシーラの怒りを助長させているようだ。
女神の代理人はアイシャの意思でなったわけではない。女神オリビアの意思なのだ。
アイシャを否定するということは、女神の意思も否定してしまう。それをわかっての発言なのかわからなかったが、シーラにとっては許容できることではないようだ。
「自分の立場を考えることね」
それだけ言い残してシーラはその場を離れていった。最後までアイシャを見下す態度を見ていると、慌てたようにルルネが近づいてきてスカートに広がる染みに悲鳴を上げそうになっていた。
アイシャは静かに立ち去って行ったシーラが見えなくなるまで見ていた。
その後、アイシャに対するあたりが強くなったことは事実だった。公爵令嬢であるシーラがアイシャを見下して虐げ始めると、周囲の令嬢たちもそれが正しいのだと思うようにアイシャに対する態度を変えていった。それが女神の祝福を受け取ることかどうかの判断になるとは誰も気が付くことはなかったようだった。




