お茶会
穏やかな風が庭を吹き抜けていく中、東屋で日差しを避けてお茶を飲んでいるアイシャは、緊張して手が震えそうになるのを何とか落ち着かせてカップをテーブルに置いた。
ここで大きな音を立てるとマナーの講師をしてくれているダイアナ侯爵夫人の鋭い視線がアイシャを射抜くことになる。
心の中で何度も落ち着いてと繰り返しているが、目の前に座っているこの国の王妃を意識してしまうと、なかなか緊張が解けることはなかった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。気楽にお茶を楽しんでくれたらいいの」
そうは言われても、レイデント王国の妃であるセラフィーナ=レイデントと楽しくお茶を飲めるほど、アイシャは慣れていない。アレスも王族ではあるが、慣れたことで普通に会話ができるようになったのだ。
初めての王妃とのお茶会を緊張しないで過ごすのはきっとできないだろう。すぐ隣にはダイアナ侯爵夫人もいるが、優雅な姿でカップに口をつけていた。その姿に感動さえ覚えてしまう。
「城での生活にはだいぶ慣れたかしら?」
意識がダイアナ侯爵夫人に向いていたが、すぐに目の前の王妃へと向かう。それと同時に緊張が復活してしまっていた。
「はい。皆さん良くしてくださいます」
3年前と比べることはできないが、アイシャは虐げられていたことを話しだけなら聞いている。それと比べると今の生活はずっといい生活をしているのだろう。ただ、この生活が女神の代理人がすべき本来の生活でもあるはずだった。
「穏やかに生活できているのならよかったわ。女神の代理人としての役目もあるし忙しいこともあるでしょうが、困ったことがあったらいつでも言ってちょうだい。3年前には何もできなかったから」
そう言うセラフィーナは気落ちしたような表情をした。アイシャの前に女神の代理人を務めていた彼女は、城でどんな生活をしていくべきかをよく知っていた。
アイシャがどんな待遇をされているのか、3年前には気づいていたはずだ。だが、王族という立場が邪魔をして見守ることしかできなかった。その時の辛さを知っているからこそ、接触が許された今回は力になりたいと思っているようだった。
アレスも今度こそ守りたいと強い思いを持っているが、それは王妃であるセラフィーナも同じだった。
「ありがとうございます」
今のところ困ったことがないので、セラフィーナの力を借りることはないだろう。それに、アイシャを気に掛けて守ってくれる人たちが周りにいてくれるので、王妃に相談しなければいけないほどの大事はきっと起こることはないはずだ。
それでも気にかけてくれていることは嬉しかった。
「困ったことは今ありませんが、王妃様にお願いがあります」
緊張しながらもアイシャは王妃に会ったら聞いてみたいことがあった。
「何かしら?」
セラフィーナは明らかに嬉しそうな声を出して尋ねてきた。アイシャから何かを頼まれるとは思っていなかった。そこにお願いがあると言われては聞かずにはいられない。
「王妃様は私の前に女神の代理人を務めていました。前任者として、女神の代理人を務めていた時の話を聞いてみたいです」
女神の代理人は1人だけ。今はアイシャが務めているが、その前はセラフィーナだった。
今は茶色の髪に緑の瞳だが、アイシャが選ばれるまではピンクの髪に金の瞳をしていた。元の色に戻ったことでセラフィーナが女神の代理人としての役目を終えたことがわかり、新しい代理人が選ばれるという意味でもあった。
前任の女神の代理人から話を聞いてはいけないという制約はない。やるべきことは同じだろうが、セラフィーナがどんな生活をして、どんなことを考えていたのか、女神の祝福を受ける時の気持ちなど、聞いてみたいと思った。
「女神の代理人の時の話・・・」
女神の代理人は王家の保護を受け、大切に扱われる。セラフィーナも丁重に扱われていたことだろう。だが、すべてがいいことだけとは限らない。セラフィーナが何を感じていたか、いろいろなことを聞けたらとも思った。
「そうね。20年ほど代理人を務めていたから、いろいろあったわ」
遠い目をするセラフィーナは楽しかったことや辛かったことなど、いろいろと思い出しているようだった。
「ここですべて話すには時間が足りないでしょうね。少しずつ話していきましょう」
「はい」
話してもらえる許可が下りたことは嬉しかった。そして、また一緒にお茶をするという約束まで取り付けることになった。
「だけど、その前に私から話したいことがあるわ」
セラフィーナから女神の代理人としての話が聞けると思い前のめりになりそうになったアイシャだったが、王妃はその前に話しておきたいことがあったらしく、急に声が落ち着いた。
それと同時に場の空気が低くなったようにも感じられた。隣に座っているダイアナ侯爵夫人も空気を感じ取ったのか手に持っていたカップをそっとテーブルに置いた。
アイシャは背筋を伸ばした。とても大切な話をするのだと感じ取ったからだ。
女神の代理人としての大事な話のような気がして、セラフィーナが口を開くのを静かに待った。
すると、セラフィーナが立ち上がり、それに続くようにダイアナ侯爵夫人も立ち上がると、2人並んでアイシャの前に立つ。そして突然2人して片膝をついて頭を下げた。
突然のことにアイシャは何が起こったのかわからず反応に遅れる。
この国の王妃と侯爵夫人が揃ってアイシャに頭を下げたのだ。
「お、王妃様・・・」
「過ぎてしまったこととはいえ、3年前、我々は女神の代理人様に対して大きな過ちを犯してしまいました。王族は代理人との接触を禁じられていましたが、何もすることができなかったことに対して後悔をしています」
セラフィーナの言葉に、3年前のことを謝罪されていることがわかる。王族は接触を禁止されていたからアイシャが虐げられていても何もできなかった。何もできなかったことをアイシャは責めるつもりはなかった。だが、セラフィーナは後悔していた。
「わたくしも講師としてアイシャ様の側にいたにも関わらず、何もすることができませんでした」
「あの、私は・・・」
アイシャは何と答えればいいのかわからなかった。3年前に女神の代理人となり城で生活していた。貴族たちはアイシャが平民出身ということで見下し虐げていた。それは事実なのだが、アイシャ自身にその記憶がない。具体的に何をされていたのか、どんな思いをしていたのかアイシャの中にはないのだ。
戸惑っていると、2人が顔を上げた。膝をついたままのためアイシャが見下ろす形になったままだ。
「私は3年前の記憶がなくて・・・」
「その話は聞いています。勝手な謝罪になってしまいますが、けじめとして受け取ってもらえたらと思っています」
許してほしくて謝罪をしているわけではない。アイシャが何も覚えていなくても3年前のことをけじめとして話しておきたかったのだ。
とはいえ、王族は接触が禁止されている。記憶があったとしても、アイシャはセラフィーナを恨むようなことはなかったと思えた。
「実は王族である私は接触できなかったけれど、代わりにダイアナ侯爵夫人にアイシャの様子を見ているように指示を出していたのです」
「え?」
「マナー講師として側にいられる時にアイシャのことを見守ってほしいと伝えていたのです。ただ、アイシャに何かあっても手出しをすることは禁止していました」
間接的に王族が関与していると思われてはいけない。そのためダイアナ侯爵夫人はアイシャの様子を見守ることだけだった。そのため、今一緒に謝罪をしていたのだ。
虐げられていることに気が付いた時、ダイアナ侯爵夫人はどう思っていたのだろう。そして、セラフィーナはその報告を聞いてどれだけ歯がゆい思いをしたのか、アイシャには何もわからなかった。
ただ、今ここで精いっぱいの誠意を見せてくれている。そのことが記憶がないアイシャでも心が救われたような気がした。
「立ってください」
いつまでも2人をそのままにはできず、アイシャは椅子から立ち上がると2人にも立つように促した。セラフィーナとダイアナ侯爵夫人が立ち上がるとスカートが汚れている。そんなことを気にすることなく2人がまっすぐにアイシャを見つめてきていた。
「謝罪は受け取りました。王族が女神の代理人と接触できないことはアレス殿下から聞いています。その接触も今はできますし、これからは何かあれば相談させてもらいます」
1人で悩む3年前とは違う。心強い味方が今はいると思えば気が楽になる。これがアイシャの答えだ。
笑顔を向けると、セラフィーナの手を取って優しく包み込むように握った。
「この話はここまでです」
これ以上3年前の話をしてもアイシャは何も覚えていないし、何もできなかったセラフィーナを責めたとしても意味がない。
「さっき私が言ったお願いを聞いてもらえますか?」
せっかくのお茶会だ。アイシャは女神の代理人についてセラフィーナから話を聞きたかった。
「そうね」
セラフィーナも頷いて元の場所に座った。それに従うようにダイアナ侯爵夫人も座りなおす。
アイシャも座ると、もう最初の緊張感はどこにもなかった。
「まずは選ばれたときのことから話しましょう」
お茶を一口飲んでから、セラフィーナの話が始まった。そこからしばらくセラフィーナが話を進め、途中アイシャが質問しながら王妃とのお茶会は進んでいった。




