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優雅にお茶を

「各領地のことを知りたい?」

「詳しいことまでは無理かもしれませんが、今の国と各領地がどうなっているのかを知りたいと思ったんです」

山積みだった仕事が落ち着いてきたころ、アイシャと一緒にお茶を飲める時間が取れるようになり、アレスは心から嬉しく思っていた。

2人きりというわけではないが、テーブルを挟んで向かい合って2人で会話ができることが嬉しかった。今のところ護衛騎士と侍女が控えているだけで、口を挟んでくる人物がいないのもアレスに安心感を持たせていた。

何か楽しい話ができたらと思っていた。最近はどうしていたのか側近や騎士たちから話を聞くだけで本人から何も聞けていなかったのだ。そんな中で、アイシャが話してくれたことは、今の国の状況を知りたいというものだった。

「女神の代理人として、今の国を知る必要があります」

先日、女神の声を聞いたアイシャは、今の国を見るようにと言われたようだった。そのため、国全体のことを知る必要もあるが、城の中の人々の様子なども知るため積極的に動くようになっていた。

執務室で仕事をこなすことが多かったアレスは、城の中を動いているアイシャと出くわすことがなかったのが残念だった。誰かが会わないように画策していたのではと疑ってしまうほどだ。

やっと顔を合わせてゆっくり話ができるのに、アイシャは女神の代理人としてアレスと接している。それが少し寂しい気もしたが、感謝祭まで時間が少なくなってきていたので、代理人としての役目を全うしようとしているのだろう。

「それなら、あとで報告を入れよう。各領地の状況は国としても把握している。今ここで話せるとしたら、国は大きく2つの状況に分かれている」

細かいことは後で話をすることにして、今は国がどうなっているかアイシャに伝えておくことにした。

「女神の祝福を受けられなくなった国だが、平穏に生活している領地と、魔物が入ってきて被害を受けている領地に分かれている」

魔物に襲われるようになった領地は、作物の不作も続いていた。

その原因は3年前にアイシャを虐げていた貴族たちがいる領地だ。

アイシャの侍女や護衛騎士。それ以外にも城の中でアイシャを平民として見下していた貴族は、自分たちの住む領地が荒れていくのを目の当たりにしていた。

明らかに領地という境界線で差があった。アイシャとは全く関係なかった貴族は魔物が入ってくることがない。極まれに侵入してくることはあるらしいが、領地の警備隊で駆除できるため大きな被害はない。

アイシャに敬意を払っていた貴族もいた。そこは全くの被害がない。この差が何なのか、貴族たちは理解し、体感していた。

そして、どの貴族がアイシャを虐げていたのかはっきりわかってしまっていた。

「自業自得とも言えるだろうが、アイシャを虐げていた貴族1人のせいで、領地全体が大きな被害を受けることになった」

アイシャの侍女をしていた貴族令嬢は親に指示されていたわけではない。本人たちの意思で動いて、親が被害を被ったのだ。

「大きく2つに分かれたことで、魔物の被害や不作になった領地の民は、被害のない領地へ流れるようになった」

受け入れられる領主は受け入れていたようだが、受け入れられない小さな領地は隣の領民を拒否してしまった。逃げ場を失った民の怒りは当然のように領主に向いた。反乱が起きるほどではなくても、領主と民の間で大きな溝ができてしまったのだ。

「3年何とか耐えているが、まだ続けばいくつかの領地は潰れることになるだろう」

「そこまで差が出ているんですね」

アレスの説明に、アイシャはあまり想像していなかったのだろう。複雑な表情をしていた。

アイシャを虐げていた報いなので、アイシャが落ち込む必要はない。それでも、関係のない領民が苦しんでいることに、心が痛んでいるようだった。

女神の祝福を判断したのはアイシャだが、アイシャを通した女神オリビアの判断でもある。

アイシャが責任を感じる必要はない。それに、王家としても、どんな判断が下ろうと受け入れなければいけないとアレスも教わってきた。父である国王もアイシャの判断に異議を唱えることはしない。すべてを受け入れ今後どうするべきか先を考えている。

アレスも見習わなければいけない。

「大きく傾いている貴族は少数になる、ほとんどがアイシャと関わりを持つことがなかったか、アイシャのことを女神の代理人として扱っていた貴族だ」

虐げられていたアイシャだが、完全に味方がいなかったわけではなかった。今も侍女をしているルルネがそうだ。すべての貴族が同じような考えであれば、こんなことにはならなかったのにと思ってしまう。

アレスは何も知らずに感謝祭まで他国で頑張り、アイシャとの再会を楽しみにしていた。穏やかに過ごしているとばかり思い、その時のアレスは本当に疑問を持つことがなかった。だからこそ、アイシャが女神の祝福を拒否し眠りについた時の衝撃は相当なものだった。

「もっと詳しいことは後で報告させる。俺から話せることはこれくらいだ」

今アレスは3年前にアイシャを虐げていた貴族たちの再調査をしている。今どうしているのか、アイシャが王都に戻ってきたことは知っているはずだ。

侯爵令息の件もあって、アイシャを恨んで危害を加えようと考えているかもしれない。今度こそ守るために調査を進めている。

「この話はここまでにしよう」

女神の代理人としての役目を果たすために話したことだが、ここからはアイシャとの久しぶりの2人きりのお茶を楽しみたかった。

アイシャにも伝わったのか、複雑な表情をしていたが、すぐに表情をやわらげた。

「いろいろと忙しくしているようだが、講師の勉強に問題はないか?」

女神の代理人として国のことを知るための勉強に、アレスの婚約者ということで妃教育も少しずつやっている。実際の様子は見ていないが、報告だけはアレスの耳にも届いていた。ただ、アイシャ本人から話を聞けていなかったので、彼女がどんなことを感じているのかわからなかった。

「知らないことが多くて、覚えることもたくさんありますが、学べることが楽しいとも思っています」

貴族としての教養をほとんど受けていないアイシャは3年前にも頑張っていたはずだ。それをすべて忘れてしまい最初からやり直している状況になる。同じ講師がついているところもあるが、ほとんどが新しい講師になっていた。

それも3年前にアイシャへのあたりの強い講師がいたからだ。平民出身ということで何も知らないアイシャのことを見下していた。

今回の講師たちはアイシャにちゃんと教えているようでよかった。

アイシャが楽しんで学んでいることに安堵するしかない。

「殿下も忙しかったでしょうか?」

今度はアイシャが質問してきた。彼女もアレスと会えなかったことを寂しく思い、近況を聞いてくれているのなら嬉しいことだが、そこはアレスが勝手に思っているだけで、アイシャがアレスと同じだけの気持ちを持っているとは限らない。

「今はだいぶ落ち着いたよ。こうやってアイシャとお茶を飲める時間を作れるようになったし」

山積みになった書類のほとんどを片付けられたときは、心底ほっとした。だが、書類仕事が終わったわけではない。放っておけば新しい書類がまだ机の上を占領していくだろう。

それでも、アイシャと一緒にいられる時間は確保できるまでになっていた。

「機会があれば街にも一緒に行けたらいいのだが」

もちろんお忍びという形でだ。アイシャの髪と瞳は目立ちすぎるので、エリストン侯爵領で一緒に出掛けた時のように一緒に変装して行くのも楽しそうだと思えた。

そのためにはもっと余裕を持たなくてはいけないだろう。

「街にもそのうち行ってみようと思っています。準備が必要だからと言われているので、その準備ができたら街の様子も見に行くつもりです」

アレスは一緒に遊びに行くつもりで言ったのだが、アイシャは女神の代理人として国を見るつもりで街に出かけることを言っていた。ここでも代理人としてのアイシャが顔を見せている。感謝祭も近いのだから当然である。アイシャと一緒にプライベートで出かけるのは先になりそうだ。

「そういえば、王妃にお茶に誘われているらしいな」

「アレス殿下以外の王族とお茶をするのは初めてなので、何を話したらいいのでしょう?」

これは本当に初めてのことだ。3年前には女神の代理人と王族の接触ができなかった。見守ることだけが王族のすべきことだったのだ。アレスは特別に王都に来る前にアイシャと過ごす時間があったが、他の王族は誰もアイシャとお茶をしたことなどない。

アイシャは戸惑っているようだが、お茶に誘った王妃はきっと誘えることを嬉しく思っていることだろう。

「そんなに深く考える必要はないと思う。俺と一緒にいる時と変わらず話をすればいい」

「王妃様に対して?」

「アイシャは女神の代理人だ。王族よりも重要で国を大きく左右する存在だ。王族に対して臆する必要はないんだよ」

「そう、なのかもしれないけれど・・・」

平民として生きてきたアイシャにとって、王族は雲の上の存在だったのだろう。それがいきなり王族よりも上の立場になって接し方に困っているようだ。アレスに対しても時間をかけて慣れてもらったことを思い出す。

「大丈夫。アイシャはそのままでいいんだ」

アレスが心惹かれたアイシャでいてくれればそれでいいと思えた。そんな彼女を家族も受け入れてくれたら嬉しい。アイシャはアレスの婚約者だ。結婚すれば家族となる。同じ王族にもなるのだ。

婚約者ということは話しているが、結婚することについて、まだアイシャと深く話をしたことがなかった。そのせいか、アイシャも漠然としたことしか理解していないようだった。

「早く結婚出来たらいいのに」

「え?」

アレスの小さなつぶやきはアイシャの耳には届かなかった。結婚の話をしたらきっとアイシャを戸惑わせてしまう。だから、まだ話をするつもりがなかった。まずは女神の祝福を受け取ってもらえるようにアイシャと過ごしていくことが優先される。

アレスは小さく首を振ってからお茶をゆっくりと飲んだ。

その後も何気ない会話を交わして、アイシャとの穏やかなひと時を過ごすことになるアレスだった。


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