護れる存在
「アイシャに敵意を見せた貴族がいました」
その報告を受けたのは、アイシャがどこかの侯爵令息に不遜な態度を取られて通り過ぎて間もなくだった。その情報はすぐに王太子であるアレスの耳に入ることになった。
詳しい状況をレイストが説明していくと、アレスはため息をついてしまう。
「まさか、まだアイシャに対してそんな態度を取る愚か者がいたとは」
「双子の騎士がすぐに対応して、今は地下牢に放り込まれています」
女神の代理人に対して危害を加えようとしたとして、騎士たちは問答無用で牢に放り込んでいた。その時に相手がわめいていたそうだが、それをすべて無視してレイストへの報告に来たのだ。
「相手はソルテイク侯爵家の三男、ディフル=ソルテイクでした。3年前にアイシャ様の侍女をしていた1人と婚約関係にあったようですが、アイシャ様を虐げたことで領地は大きく傾いているはずです」
侍女と婚約関係にあったソルテイク令息は、その侍女の領地に婿入りする予定だったらしい。だが、領地は傾き、婚約も白紙に戻った。そのことをずっと恨んでいたようで、今回アイシャが城に戻ってきたことを聞きつけて文句を言いに来たらしかった。
すべては侍女の失態なのに、アイシャに敵意を向けるなど筋違いだ。その事実を何も理解していないことも伺えた。
ソルテイク侯爵家は3年前にアイシャと関わりを持っていなかったため、領地は魔物に襲われることはなく、不作にもなっていないはずだ。
ひっそりと3年間を過ごしていた侯爵家なので、婚約は白紙になったのなら、他の貴族との婚約を進めていてもいいはずだった。
「アイシャを虐げていた侍女の婚約者だ。何か問題児だったか?」
調べてみないと何もわからないが、今回アイシャに手を上げようとした事実が発生したので、侯爵家にも何らかの罰が与えられる可能性は高い。アレスが何もしなくても、もしかすると女神の意思が動く可能性もあった。
ただ、アレスは何もしないで見守るつもりはなかった。
「すぐにソルテイク侯爵家を調べてくれ。何か問題があればそこを突けばいい」
アレスも容赦するつもりはなかった。3年前にアイシャを守ることができなかった。今回は王族が接触することが可能になったので、女神の代理人に危害を加えれば王族が動くことを知らしめることができるようになったのだ。
「加減を間違えると暴君になりかねないですね」
「そこはこちらで助言することが必要でしょう。とはいえ、僕としてはアイシャに危害を加える相手に手加減はしたくありませんが」
アレスがレイストに指示を出していると、2人の側近がこそこそと話していた。完全にアレスに聞こえていたが、聞こえるように話していたような気もする。
ロイナーに関しては、アレスを押さえるというより、助長しそうな発言をしている。
アレスも侯爵の粗探しをしたいわけではない。侯爵自身はアイシャに危害を加えているわけではないのだ。問題は息子の方だ。できることなら牢に放り込んだ本人だけを断罪したいと思う。
まずは侯爵家を調べてから判断することにした。
侯爵令息の話はここで終わりとなった。
残っている仕事の再開をしたアレスは、新しい書類を手元に置いてから、もう一度アイシャに手を出そうとした侯爵令息のことを考えてしまった。彼は3年前にアイシャの侍女をしていた女の婚約者だということだった。その婚約者が現在どうしているのかアレスは知らない。侯爵令息は逆恨みで動いたのだろう。そうなると、相手の婚約者から今でもアイシャについて悪い話を聞いている可能性もあるのではないか。
3年前の愚かな行動を理解できていない可能性もあった。
「相手の婚約者だった女も調べてみたほうがいいかもしれないな」
そこまで考えて、アイシャを虐げていた相手が今でもアイシャを見下し、恨みを持っている可能性を考えた。3年前にも徹底的に調べたが、もう一度調べなおす必要が出てきたかもしれない。
「本格的に動くべきか」
今度こそアイシャを守るためとはいえ、大々的に動くことは周囲に不安を煽ってしまう。できるだけ密かに調べ上げたほうがいいだろう。
「手が止まっていますよ」
エリオの指摘に、書類を手元に寄せたまま考えごとをして固まっていた。
何事もなかったように書類に目を通していく。
調べることはたくさんありそうだが、アレスは今すべきことをしなければいけない。そうしないと、側近2人に鋭い視線を向けられてしまう。ロイナーは愚痴までついてくる。
アレスは今後のことを考えながら、目の前の書類を片付けるため手も動かし続けた。




