おやすみの定番
王族との食事は緊張の連続でしかなかった。
食事の味など、アイシャには何もわからなかった。王城に来て初めての食事が国王夫妻と一緒で余裕を持つことなどできるはずもない。
隣にはアレスがいてくれたが、国王夫妻以外にもアレスの妹や弟との顔を合わせることになり、王族一家に囲まれる体験になったのだ。全体的にアレスと王妃がアイシャに話しかけてきていた。その方がアイシャも話やすいと考えてくれたのだろうが、国王はゆったりとした態度で話を聞いてくれていたが、王子や王女たちは何も言わずにじっとアイシャのことを見ていた。何か話したそうな雰囲気があったのだが、話しかけることを禁じられていたのか、見つめるだけで食事をしながらアイシャを見ているだけだった。
それはそれで緊張してしまう理由になっていた。
廊下を歩きながらため息が出てしまう。
「食事だけのつもりが、疲れさせてしまったようだな」
隣を歩くアレスにまでため息が聞こえたのだろう。苦笑しながら彼が話しかけてきた。
食事中もアイシャのことを気に掛けてくれていたが、食後も部屋まで送ってくれることになったのだ。護衛をつけることなく2人だけで廊下を歩いていく。
「失礼がなかったらいいのですけど」
料理の味がわからなかったが、会話も半分ほどよく覚えていなかった。変なことを口にしていなかったらいいのだが。
「大丈夫。誰も不快に思うようなことはなかったよ。初めての食事で、両親は喜んでいたようだが、妹や弟たちも緊張しているようだったから」
「そうですか?」
じっとアイシャのことを見ていた王女や王子も緊張していたとは思わなかった。話しかけたそうにしていたが、緊張して話しかけられなかったのかもしれない。
アイシャも緊張していて気が付くことができなかった。
「3年前には一緒に食事ができなかったから、今日はみんな嬉しかっただろうな」
国王夫妻も3年前には顔を合わせるだけで食事をすることはなかった。王女や王子たちは幼かったことで接触自体を避けていたのだ。アレスだけがアイシャが慣れるために侯爵家で一緒に過ごしていた。それは特別なことだったのだ。
「今のところ女神も許してくれているようだし」
王族が女神の代理人と接触することを避けていた3年前とは違い、女神の祝福を判断したことでアイシャと接触することに何も問題が起きていなかった。そこで女神は許してくれていると判断しているようだ。
アイシャも王族と会うことに緊張はしても、それ以外に気分が悪くなるようなことや気分を害するような雰囲気はなかった。女神からは何も反応がないのだろうと思っている。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休むといい」
もうすぐ部屋にたどりつけると思うと、無意識にほっとして肩の力が抜けていくのがわかったが、それを見計らったようにアレスが声をかけてきた。疲れたことが顔を出ていたようだ。
「明日から女神の代理人としてやることがあるのですよね」
3年前にもやっていたようだが記憶がないので、説明されてもわからなかった。
女神の代理人はただ城で過ごしているだけではない。国のことを知るための勉強もしなければいけないが、アイシャは平民出身ということでマナーなどの教養も必要になってくる。
そして、女神にこの国が祝福を受けるに値するか見極めため、いろいろなことを見聞きしていかなければいけない。3年前も同じことをして、貴族たちから虐げられたことをきっかけに祝福を拒否したのだ。
「気負う必要はない。アイシャは自分の思うとおりに動いて必要なことを見聞きしていけばいい。マナーに関しては侯爵家でも問題なかったから、特別な授業をする必要はないだろう」
アイシャは平民ではあったが、両親がマナーについて詳しく幼いころから教え込まれていた。エリストン家とも交流があったので、そこを気にして特に母親が厳しくしていたことを覚えている。
そのおかげで今の状況にも問題なく対応できているのだ。
やるべきこともあるが、学ぶべきこともたくさんあるだろう。
だが、今回のアイシャには支えてくれる人たちがいる。虐げられることはないので順調に進めていけると信じていた。
そんな会話をしているとアイシャの部屋に到着した。アレスとは部屋の場所が違うので、わざわざ送ってくれたのだ。
彼がエスコートすることで、護衛騎士も侍女もいなかった。2人で会話できるようにという配慮だったことをアイシャは知ることがなかった。
「それじゃ、おやすみなさい」
扉の前でアイシャが挨拶をする。すると、アレスが自然な動きでアイシャに顔を近づけた。
それが何を意味するのかアイシャはすぐに理解できなかったが、頬に温かいものが触れて離れたのを認識してから、何が起こったのかわかった。
「え!」
頬に触れた唇の感触に驚くしかない。
「え・・・あっ」
アレスも自分の行動に驚いたような声を出した。
「すまない。油断した」
油断とは何を意味しているのだろう。わからずに触れた頬を手で覆うと、そこだけ熱いような気がした。それどころか顔全体が熱く感じる。アイシャの顔が真っ赤になっていることに誰もがわかるくらいだったのだ。
一瞬の沈黙の後、アレスが気まずそうに口を開いた。
「3年前には普通にしていたから。その感覚で動いてしまった。今のアイシャには許可を取らないといけなかったな」
3年前なら王都に来てからアレスはすぐに他国に行ってしまったため一緒にいられる時間はなかった。頬におやすみのキスができるのはエリストン侯爵領で一緒に過ごしていた時のことだ。それほどまでの親しさが2人の間にあったのだと、アイシャは頭で冷静に考えている部分があった。
それと同時に何も覚えていないことに寂しさを感じてしまった。
「・・・・・ないです」
「え?」
寂しさを感じながらも、アイシャは今の行動をどう感じたのか口にしていた。聞き取れなかったアレスが首を傾げる。
「嫌じゃ、ないです」
それは、お休みのキスを許しているという意味だった。それが伝わったアレスが驚いた様子を見せたのは一瞬だった。
「それなら・・・」
アレスが動くのがわかって顔を上げると、すぐ目の前に彼の顔があった。再び頬にキスをするつもりなのかと思ったが、先ほどと雰囲気が違うことに気が付いた。それと同時にアレスの吐息がアイシャの唇にかかるのがわかる。
意識することなくアイシャは目を閉じようとした。
カシャン、バタン。
何か物が落ちる音が遠くで聞こえ、ハッとしたようにアイシャは目を見開いていた。アレスが音がしたほうをじっと見つめてからため息をつく。
「どうやらここまでのようだ」
呟くように言って、アイシャに部屋に入るように促してくる。
「おやすみなさい」
先ほどの雰囲気がなくなったことで、アイシャも促されるままに部屋へと入っていく。
ベッドに腰かけて息をつくと、先ほどのことを思い出して再び顔に熱が上がったのはアイシャ一人だけの秘密である。
しばらく悶えるようにベッドで過ごしてからアイシャは休むことになった。




