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ともに食卓を

「予想以上に溜まっているな」

自分の執務机の上に山のように積まれている書類を見て、アレスはため息をついていた。

アイシャを迎えに行ってすぐに戻る予定でいたのだが、記憶のないアイシャを無理に連れてくることはできず、何も覚えていないアイシャとの距離を縮める時間が必要となった。そのためすぐに王都に戻れないことを報告していたのだが、書類の処理はアレスでないといけないものが溜まりに溜まってしまっていたようだ。

「これは数日缶詰になりそうだ」

これからアイシャと一緒に城で過ごせるというのに、顔を合わせられるかわからない状態だった。

まずは自分の仕事を片付けなければいけないだろう。アレスが会いたいと思っても彼の周りにいる者たちが許さないとも思えた。

実際今も机を眺めているアレスに冷たい視線を向けている者が2人いた。

1人は一緒に戻ってきたロイナー。仕事が溜まっているのは当然だと言いたげな視線だった。

もう1人もアレスの側近である珍しい赤毛のエリオ=ソイルド伯爵令息だ。済んだ青い瞳で仕事が終わるまで帰さないから覚悟するようにと訴えていた。2人とも無言ではあるが、言いたいことがわかってしまう。

2人を説得してアイシャに会いに行くのはまず無理だろう。

「とにかく仕事を終わらせるか」

ため息交じりに言いながら椅子に座るが、誰も同情してくれることはなく無言でそれぞれの席についていく。彼らも仕事があるのだ。黙ってアレスの仕事が終わるのを待っているわけではない。

それと、部屋の扉の前には静かにレイストが立っていた。彼は護衛としてここにいる。時々書類整理など手伝ってくれることはあるが、基本は黙って待っていることが多い。

静かになった部屋に書類が擦れたり、ペンが動く音だけが響いていく。

どれくらい時間が経ったのかわからなかったが、集中して目の前の仕事をしていると、不意に紅茶の匂いが鼻についた。

顔を上げるとレイストが壁際に置いてあるティーセットで紅茶を用意していた。いつの間にかメイドにお湯を運ばせていたのか、そのことにもアレスは気が付くことなく仕事に没頭していた。

「少し休まれた方がいいかと」

書類を机の端によけると、目の前に紅茶を置いてくれる。気を使ってくれたのだ。

アレス以外にもロイナーとエリオの机にもカップを置いていた。

全員で休まないとアレスが休めないという配慮だった。

「いつも思いますが、ビークル卿が淹れてくれるお茶は美味しいですよね」

エリオがカップに口をつけた後に感心したように言っている。確かに彼が淹れてくれるお茶はいつも美味しいのだ。騎士がお茶を入れる機会はほとんどないはずなのに、彼はアレスの護衛騎士としてついてくれた時からなぜかおいしいお茶を淹れてくれていた。

「それは秘密です」

そして、質問に対しての答えもいつも一緒だった。レイストがおいしいお茶を淹れられる謎はいつ解かれるのかわからない。

一息ついたところで書類仕事を再開する。

サインを書き終えた書類をロイナーが運んでいくと、机の上に高く積まれていた紙の山が減っていく。

それが半分以上減ったところで夕方になっていた。

「今日はこれくらいにしておきましょう」

まるで許しが出るまで仕事をしなければいけないかのような言い方だったが、ロイナーが気を使ってくれたことはわかった。

ここで仕事を切り上げればアイシャと一緒に夕食の席につけることがわかったからだ。

戻ってきた初日のアイシャの状況は気になっていた。ロイナーが新しい侍女や騎士の紹介をしてくれたが、そのあとすぐにアレスと一緒に仕事をしているため、彼自身も気になっていることだろう。

上手くやっているか、彼女の様子を窺うためにも夕食を一緒にということなのだ。

アレスはすぐに部屋を出るが、ロイナーとエリオはまだ仕事を続けていた。レイストは護衛なので一緒に来ることになる。

そのまま食事の部屋へと向かう。

王族の食事は皆一緒にとれるように広い部屋が用意されている。時間が大体ではあるが決まっていて、食事をとれる者たちはそこに向かうのだ。朝は全員が集まるが、昼と夜はそれぞれだった。

だが、今日は女神の代理人であるアイシャが城に戻ってきた日だ。誰もがアイシャを気にして今夜は食事に集まってくると思えた。

王族との接触が問題ないと判断して、今夜はアイシャも同じ場所で食事をする予定にしていた。

彼女が拒否していなければいてくれるだろう。

そんなことを考えながら歩いていると、もうすぐ部屋に到着するというところでアレスは足を止めた。

食事をする部屋の前に人が立っていたのだ。

アレスが会いたいと思っていたアイシャが戸惑うように扉を見つめていた。

「アイシャ」

何を躊躇っているのかわからず、アレスは首を傾げて声をかけた。

「アレス殿下」

「なにかあったのか?」

「その・・・入っていいのかな、と思っていて」

アイシャが王族と食事をすることに異を唱える者などいない。接触が禁止されていない以上、アレスたちと食事をすることに戸惑う必要などないのだ。

「大丈夫だ。君を拒絶する王族はいないから」

「でも、急に王族と食事だなんて」

侯爵家でもアレスと食事をしていたことはあったが、あそこは侯爵夫妻やロイナーがいたから平気だったのだろう。今は会ったことがない王族との食事になる。

「嫌なら別室で食事ができるように手配させるけど」

「嫌というわけじゃないです。ただ、一緒に食事をしても何を話せばいいのかわからないですし」

緊張して味もわからないかもしれないだろう。アイシャは記憶を無くしているため、城で過ごした時間がないのと同じだ。平民から急に女神の代理人になり、生活が急激に変わったと本人はまだ感じているのだろう。

ロイナーも一緒なら少しは緊張が取れるかもしれない。それか、アレスにはもう慣れているだろうから、別室で2人で食事をしながら徐々に慣れていった方がいいかもしれない。

そんなことを考えていると、アイシャが上目遣いにアレスを窺ってきた。

「あの、殿下の側で食事はできますか?」

近くに知っている人間がいたほうが安心すると考えたようだった。

彼女はアレスの婚約者でもある。席は当然隣になっているはずだった。そのこともわかっていなかったようで、遠慮がちに頼まれた。それを断るはずがないアレスだ。

「アイシャは俺の隣になるはずだから心配しなくて大丈夫だ。困ったことがあったら頼ってくれればいい。両親には会っているが、妹や弟も揃っているはずだから、いろいろ話しかけられるかもしれない」

アイシャのお願いを断るつもりなどアレスにはない。安心させるように言うと、彼女も少しほっとしたのか表情を和らげたのだわかった。

アレスの妹や弟たちはアイシャと3年前には会っていない。幼かったこともあり王族との接触を避けていたため、会わせないようにしていたのだ。彼らにとってはアイシャと初対面になる。

気になることなどたくさんあるだろう。

アレスの兄弟について話を聞いて、少し悩むような様子を見せたが、アイシャも心を決めたのかすぐに頷いてくれた。

「それじゃ行こうか」

手を差し出すと、戸惑うこともなくアイシャが手を乗せてくれる。とても自然な動きに思えて、アレスの手を取ることが当たり前になってきているのだと思うと嬉しかった。

それが自然と笑みに変わっていたのだが、アレス自身はそのことに気が付くことなくアイシャを伴って部屋へと入っていくのだった。

その様子を見ていたレイストや、アイシャについてきていた侍女たちがほっこりとした気持ちになっていたことを知ることはなかった。


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