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出迎えられて

静かに馬車が停車すると、ロイナーが先に降りていく。アレスもすぐに降りるのだと思っていたが、彼は少し時間を置いてから馬車から降りていった。

「アイシャは呼ばれるまでここにいてくれ」

それだけ言い残して馬車を降りると扉が閉められてしまった。

一緒に降りなくていいのだろうかと思っていると、外で何か話し声が聞こえてきた。

それに、気配だけで馬車の周囲に多くの人がいることがわかった。ざわざわとした人の気配にアイシャは自然と緊張してしまった。アイシャを女神の代理人として迎え入れるため多くの人が出迎えようとしているのだろう。その準備のためにロイナーとアレスが先に降りたのかもしれない。

ただ、大勢の人に囲まれることなどなかったアイシャは、外にいる人々に圧倒されそうで準備などしないで静かに城に入りたかったと思ってしまった。

そんなことを考えていると馬車の扉が開かれた。

「アイシャ」

アレスが顔を覗かせて手を差し出してきた。馬車から降りる合図だ。

緊張しながらアイシャはアレスの手を借りて馬車の外に出た。

「敬礼」

男の声が響きピリッと空気が張り詰めたのがわかった。

目の前に広がる光景にアイシャは息を飲むしかなかった。記憶がないので王城を間近で見たのは初めてだ。巨大な城に、その入り口から伸びるように馬車まで人がずらりと並んでいる。

手前には騎士たちが並んでいるが、奥の方は城で働いている者たちなのか、服装が違う。ただ、誰もが静かにアイシャを見ていて、そのどれもがアイシャに敬意を払っているような視線に感じた。

一度失敗しているからなのか、女神の代理人をどう扱うべきなのか理解している人間が揃えられているようだった。

「行こうか」

立ち尽くしてしまったアイシャをアレスが促した。

城に入らなければ全員がその場を動けないのだろう。

「はい」

アレスにエスコートされる形でアイシャは開けられているまっすぐな道を進んでいく。

歩きながら並んでいる人々の顔を見ていくが、覚えている顔はなかった。記憶が蘇るようなこともなく、初めて会う人ばかりだ。

知らない人々の中で生活していかなければいけないのかと思うと、少し不安になる。

城の中に入っても多くの使用人がアイシャを出迎えるため並んでいて、謁見の間という場所までそれは続いていた。

「国王と王妃が待っている」

それはアレスの両親ということになる。

緊張がさらに高まると、腕を掴んでいたことを忘れて力が入ってしまった。

それに気が付いたアレスは嫌な顔をすることなく、くすりと笑った。

「大丈夫。君は女神の代理人として会うことになる。王族は女神の代理人を保護して丁重に扱う。怖がる必要は何もないよ」

緊張というよりも王族に会うことを怖がっていると思われたようだ。気持ちを落ち着かせるために言ってくれたのだろうが、それでもアイシャの体には力が入ってしまう。

「それに、俺も王族だよ。俺に接しているときと同じで大丈夫だから」

「アレス殿下も王族ですけど、今から会うのはこの国の王様ですよ」

頂点に立つべき相手に気楽に話せるわけがない。アレスとも最初は距離があったが、接していくうちに彼のことを知り慣れたことで今は隣に立っていられるのだ。

とりあえず肩の力を抜こうと深呼吸してみる。

「国王も王妃もアイシャに会えるのを楽しみにしていた。気難しい話はしないから大丈夫だよ」

軽い挨拶だけだと付け足されて、とりあえずは落ち着いた。

「行きましょう」

会わなければ何も進まない。覚悟を決めると謁見の間の扉が開かれた。

広い空間の奥に玉座があり国王と王妃が並んで座っている。その近くに数人の男性が立っていた。それ以外は誰もいない。パーティー会場としても使う広間のため、大勢の貴族が入れるように広い空間になっている。そのため玉座に行くまでにも距離があった。

アレスが静かに歩き出し、それに導かれるようにアイシャも歩いた。

国王の近くにいる数人の男性がじっとアイシャを見ている。

その中に女性はいない。明らかに高位貴族の男性が並んでいるのがわかった。誰もが品定めをするようにアイシャを見ているのは気のせいではないと思えた。その視線がアイシャを歓迎しているようには思えず、アレスに合わせて歩いているが、その足取りが重くなっていく。

「アイシャ」

視線が下を向いてしまいそうになると、アレスが見計らったように声をかけてきた。顔を上げれば、彼はまっすぐに前を向いたままだったが、意識はアイシャに向いていることがわかる。

「大丈夫。君は女神の代理人だ。誰も君を拒むことも否定することもできない。女神に選ばれた唯一の存在だ。堂々としていればいい」

呟きに近い小さな声ではあったがアイシャの耳にはしっかりと聞こえた。

アイシャは女神の代理人。女神が選んだ唯一。

貴族たちよりも高貴な存在であり、王族さえもアイシャを否定することはできない。周囲に圧倒されて縮こまる必要はないのだ。

静かに背中を押された気がした。3年前もこんな気持ちで城に来たのだろうかとそんなことを思う。

結局アイシャを虐げる者たちが多く、女神の祝福を受けることを拒んだが、アイシャは誰が何と言おうと女神の代理人なのだ。

呼吸を整えると自然と足が軽くなった気がした。

雰囲気が変わったことを察知したアレスが口元を緩めたことは気が付くことがなかった。

玉座の前で立ち止まると、一段高くなった場所から国王と王妃がアイシャをじっと見つめてきた。

その視線をまっすぐに見つめ返すと、2人がふわりと優しく笑ってくれた。

「女神の代理人アイシャ=エリストン。よく戻って来てくれた。国の代表として歓迎する」

「長旅だったでしょう。ゆっくり休んでちょうだい」

2人の優しい声に、受け入れてもらえたことを実感する。それと同時に両側にいた貴族たちが胸に手を当てて頭を下げた。

「ここにいる者たちはすべてアイシャを女神の代理人として認めている者たちだ。誰一人君を傷つける者はいない。もしいたとしたら、その時は命をもって償う覚悟ができている」

少し物騒な話をされて気が引ける。だが、アイシャを傷つけるような行為をしない人達だ。命の償いをすることはまずない。

「アイシャ」

アレスに促される。ここで何か言えと言うことらしいが、緊張していて言葉など思い浮かばなかった。こんな時女神が何かを言わせてくれればいいのにと思ったが、そんな都合よくはいかない。

「これからお世話になります。よろしくお願いします」

とりあえずの挨拶だけとなった。

それでも国王夫妻と他の貴族たちは穏やかな表情を見せてアイシャを受け入れてくれた。

これで顔合わせは終わりとなった。ここからアイシャは王城で過ごすことになる。

感謝祭まで3か月を切った。その間にアイシャは国のことを知り、周囲の人々の様子を見て、女神からの祝福を受け取ってもいいか、国の平穏を願えるかどうかを決めていかなければいけない。

ここからが女神の代理人としての出発となる。


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