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男爵領

「ようこそいらっしゃいました」

深々と頭を下げたデルタイ男爵はまだ40歳過ぎのはずだったが、真っ白な髪がずっと年上に見せていた。髪だけではなく肌も張りがないように思える。妻に先立たれて娘と2人だけの家族だったはずだ。女神の代理人の侍女に選ばれて少しでも拍がつけば、より良い婿を迎えることができるという考えがあった。

だが、娘がアイシャを見下したことで男爵家そのものが女神の怒りを買うことになった。

男爵領では作物の不良が続き、魔獣も少ないながらも被害が出ていた。娘は完全な引きこもりとなり、男爵の心労は相当なものだったことだろう。

アイシャを受け入れることを伝えた時はどんな気持ちだったのかアレスにはわからない。

10歳は年上に見えるデルタイ男爵は顔を上げるとアレスの隣に立っているアイシャをまっすぐに見た。そのあとすぐに申し訳なさそうに目を伏せた。

「今夜は頼む」

アレスの言葉に男爵は深々と頭を下げた。

男爵がもてなせることがあまりないような気はする。明らかに男爵領は傾いていた。その中で王族と女神の代理人を受け入れることは大変だろう。それでも精いっぱいのもてなしをしようとしてくれると思っている。

すぐに屋敷の中に案内しようとする男爵だったが、アレスは屋敷に入る前に見える範囲の庭を見た。

庭師もろくに雇えないのか荒れているのが明白だった。

おそらく屋敷の中も使用人が少なく、どこまでのことができているのかわからない。

それでも受け入れたのは貴族としての意地か、アイシャに対する贖罪かもしれない。

隣を歩くアイシャは記憶がないせいか特に何も感じていない様子だ。ただ、今まで受け入れてくれていた貴族屋敷と明らかに違うことはわかっているはずだ。

屋敷の中に入ると、とても静かだった。使用人が行きかう生活感のようなものが感じられないと。屋敷の中に活気がないのだ。

「静かだな」

後ろについてきていたロイナーが小さな声で言ったが、はっきりとアレスの耳にも届いた。おそらく前を歩く男爵にも聞こえただろう。その声を聞かなかったことにしたのか男爵は反応することなく前に進んでいた。

「女神の代理人様はこちらのお部屋をお使いください。殿下のお部屋はこの隣にしました」

先に女神の代理人であるアイシャの案内をしたことで、王族よりも重要な存在であることを理解しているようだった。

「夕食まで時間がある。アイシャはゆっくり休むといい」

ロイナーがすぐにアイシャを休ませようとする。すると、アイシャは首を傾げた。

「ロイ兄さまは?」

「僕は殿下とやることがあるから、あとで休むよ」

ロイナーの説明にアイシャがアレスを見た。やることがあるという話を聞いていなかったため不思議に思ったのだろう。アレスは男爵家に到着する前にアイシャを抜きにロイナーと話をしていたことがある。

それは男爵家に引きこもっているというエリー=デルタイ男爵令嬢のことだった。一泊滞在することになって男爵令嬢がどんな行動をとるのかわからない。そのまま引きこもって何も起きなければいいのだが、アイシャがいることに何か反応を示す可能性もあった。

それに、今どんな状況なのか確かめてみたいという気持ちもあったのだ。

アイシャが休んでいる間に確認しようとロイナーと話していた。

そのことを伝えていなかった。伝えてしまうとアイシャも気になってしまうだろうし、記憶に何か影響が出るかもしれない。今のところ何も思い出していないが、嫌な記憶を思い出すことになるのはやはりアレスとしても気が引けるのだ。

わずかにほほ笑んだだけで何も言わないでいると、アイシャも何かを感じ取ったのかそれ以上何も言ってこなかった。

アイシャを部屋で休ませ、護衛を部屋の前に待機させてから、アレスはロイナーと一緒に男爵のところへ向かった。レイストも一緒についてきたが彼は何も言うことなく黙っている。護衛に専念するつもりなのだ。

「何かご不便がありましたか?」

男爵に会いに行くと、彼は慌てたように言ってきた。負い目があるせいか視線が低く怯えているようにも見えた。

「男爵令嬢に会いたいのだが」

「娘にですか?」

ロイナーが言うと、男爵は明らかに動揺していた。

引きこもっているエリー男爵令嬢と接触させることなく、何事もなく一泊させるつもりでいたのだろう。それがいきなり会いたいと言われたら驚くのは仕方がない。

「男爵。これはけじめだと思ってくれればいい」

アイシャが目を覚まして改めて感謝祭に参加することになる。新たな一歩を国が踏み出そうとしていることから、3年前のけじめをアレス自身つけなければいけなかった。

アイシャとエリーを会わせることでアイシャにとってもけじめになるのかもしれないが、彼女は記憶がないため3年前の出来事を覚えていない。その状態でエリーと会わせてもけじめにはならないような気がした。そのためアレスが王家の代表として会っておこうと考えたのだ。

「わかりました」

けじめと言われて思うところがあったのか、男爵は覚悟を決めたように頷いてエリーがいる部屋へと案内してくれた。

アレスとロイナー。護衛にレイストが一緒についていく。ロイナーはアイシャを虐げた令嬢がどんな状態なのか確認したかったようで、一緒に来ていた。

エリーは女神の祝福をアイシャが拒否してすぐに領地に引きこもってしまい、直接顔を合わせたことがなかった。

「こちらになります」

エリーの部屋の前に案内されると、その場所だけ不思議と空気が冷たいような気がした。

「エリー、入るぞ」

ノックをしても返事がないことはいつものことなのか、男爵は気にすることなく扉を開けた。

「王太子殿下がお前に会いに来たぞ」

部屋の中はカーテンが閉まっていて薄暗い。すべてを拒絶するかのように静かな空間に、ベッドが置かれていた。その上にうずくまるように座っている女性がいた。エリー=デルタイだ。

「エリー」

父親の声に反応するようにエリーがゆっくりと顔を上げた。だが、その顔に覇気はなく顔色も悪いように見えた。

ずっと引きこもっている生活をしていたのだ。健康的な状態でないことは明らかだった。

「エリー。王太子殿下が来ているのだぞ、挨拶をしなさい」

諭すような言い方をして、男爵が娘に声をかける。その声に反応するようにエリーがアレスに視線を向けた。

王族が目の前にいるというのに、反応が薄い。

「これでは何を言っても無駄になりそうだな」

エリーの様子を見たロイナーが諦めたように言う。彼はアイシャを虐げたエリーに対して怒りを持っていたのだろう。直接会えるのなら文句を言うつもりでいたのかもしれない。だが、エリーの状態を見て何を言っても通じないと判断したようだった。

アレスはエリーに恨みを言うつもりはなかった。ただ、今の状態を確認したかっただけだ。

「アイシャに会わせなくてよかったな」

記憶がないアイシャがエリーを見て何を思うのかわからないが、年も近く、不健康で今にも倒れてしまいそうな状態を見て、気分がよくなるとは思えない。このまま会わせることなく一晩過ぎるのが一番だと思えた。

「戻ろう」

エリーは静かにアレスを見ているだけで口を開こうとしなかった。そんな気力もないのだろう。

「殿下に対して失礼だぞ。せめて挨拶をしなさい」

アレスが部屋を出ようとすると、慌てたように男爵が娘を促した。娘が失礼な態度を取ったことで罰せられると思ったのかもしれない。

これくらい気にしていないアレスだったが、男爵の声が通じたのかエリーがわずかに反応を見せた。

ゆっくりとした動きでベッドから降りると、挨拶をしようとしたのだろうが、足に力が入らなかったのかペタンと床に座り込んでしまった。

本当に部屋から長年出ていないのだろう。体力もないようだ。

「も・・・わけ、・・・せん」

何か言葉を発したようだが、上手く聞き取れなかった。

男爵が慌ててエリーの側に膝をついた。すると、エリーなまだ何かを言っているようだが、アレスには聞こえなかった。

「娘は謝罪をしているようです」

何とか聞き取れたのか男爵が振り返って言ってきた。

それは何に対する謝罪なのだろう。そんなことを思ったが言うことはしなかった。言ったところでエリーが答えられるとも思えなかったからだ。

それに、3年前のことを謝罪しているのなら、それはアレスにではなくアイシャにすべきことだ。

そう思うと虚しさが沸き上がってきた。

アレスは何も言わずにそのまま部屋を出た。ロイナーも無言でついてくる。思うことはあっても何かを言ったところで意味がないと判断したのだ。

「明日はすぐに出発しよう」

仕方なく男爵邸に泊ることになったが、長居したいとは思えなかった。できるだけ早く城に戻りたいと思いながらアレスは与えられた自分の部屋へと戻っていくことになった。


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