女神の祝福の意味
馬車は順調に王都へと向かい、女神の代理人と王族を乗せているということで、野宿を避けて通り道となっている領主の屋敷に泊めてもらえることになっていた。そのためアイシャは快適な馬車旅をすることができていた。
どの領地もアイシャを快く受け入れてくれて、過去にアイシャを虐げていたという話が嘘なのではと思えるほどだった。すべての貴族がそうであったわけではないとわかっていても、警戒していたアイシャに対して貴族たちは丁寧な対応をしていた。
もちろん隣にアレスがいたことも関係しているのだろうが、それでも最初から最後まで彼らの視線が優しいことをアイシャは感じ取っていた。
「このまま順調にいけば明日には王都に到着するでしょう」
「順調すぎて怖いくらいだな」
レイストの説明にアレスは考えるように言っていた。その話を聞いていたアイシャは首を傾げた。
過去にも王都に向かっていたが記憶がないので、平民の時に聞いた感覚を思い出した。
「エリストン領地から王都までは5日ほどかかると聞いたことがあります。今日で4日目ですし、5日で王都に到着することは問題ないと思います」
順調なのは予定通りで良いのではないかと思ったのだが、アレスの考えるような様子が気になったのだ。
アイシャンの言葉にアレスは何かを納得したような顔をしたが、レイストはなぜか驚いた顔をした後に苦笑いを浮かべた。
2人の反応に余計にアイシャは首を傾げるしかない。
「アイシャ様は魔獣と遭遇したことがありませんね」
「魔獣?」
レイデント王国には女神の祝福があるおかげで魔獣が侵入してくることはほとんどない。他国にはいるという話を聞いていたが、その存在が何か関係あるのだろうか。
「この国に魔獣はいないと思いますが」
「それは3年前の話だ」
アレスが遠くを見るように言った。
懐かしむような瞳に悲しみが混ざっているように見えたのは気のせいかもしれない。
3年前という単語にアイシャが女神の祝福を拒否したことが関係していることはすぐに察しがついた。
魔獣が国にいないのは女神の祝福があったからだ。その祝福をアイシャが拒否したことで国の安定と平和が乱れたのだ。
それがアイシャの判断だったことではあっても罪悪感が生まれなかった。どうして祝福を受けられなかったのかその原因を聞いているからだろうと、アイシャは静かに納得していた。
「レイデント王国内に魔獣がいることは当たり前になっている」
黙ってしまったアイシャが3年前から魔獣が出るという理由に気が付いたと判断したようで、アレスは詳しい説明をすることなく、話を続けた。
「ただ、出現場所は決まっている。それを避けて行動すれば遭遇する可能性は極端に低くなる」
そこら中にいるわけでもなく神出鬼没でもないようで、ある程度の予測ができるようだった。
とはいえ全く出てこないという保証がない。警戒はいつもしなければいけない状況であった。
「俺たちがエリストン領に向かう途中でも一度遭遇していたんだ」
その話は初めて聞いた。そのことに驚くと、アレスは軽く笑った。
「騎士たちがすぐに排除できる程度だったから問題はなかった」
「殿下に怪我などさせられません」
アレスは気にしていないように言っていたが、レイストは真剣だった。軽く考えていて王族が襲われでもしたら大変だ。護衛騎士としての責任感を感じた。
「今回の移動で魔獣に遭遇することも考えていたんだが、魔獣が出そうな気配もなくて、順調すぎると思っていたところなんだ」
ここで2人の最初の会話に戻った。
「おそらくだが、アイシャがいるおかげだと俺は思っている」
「私?」
「女神の代理人であるアイシャ自身が女神の祝福を受けていると思っていい。祝福を感じ取って魔獣も近づいてこないようだ」
女神の祝福を受けて国に魔獣が侵入してくることがなかった。それと同じ意味で、女神の代理人であるアイシャに近づくことを魔獣が避けていると考えられた。
「だからアイシャが一生魔獣と遭遇することはないだろう。それに、今回の道のりは3年前にアイシャにひどい仕打ちをしていた貴族とは関係のない貴族の領地を選んでいた」
王都まで5日。その道のりはまっすぐではなかったようだ。貴族領について詳しくないアイシャは、ただ馬車に乗っているだけだった。
アイシャを迎え入れてくれていた貴族たちは、3年前のアイシャとは無関係だった者たちなのだ。そのことを知らなかったアイシャは、受け入れくれる貴族たちがアイシャを見ても丁寧に対応してくれることを戸惑う気持ちがあった。
貴族すべてがアイシャを否定するわけではないとわかっていても心配はしていたのだ。
だが、3年前のアイシャとは関係ない貴族をアレスたちはわざと選んでいたのだ。
とはいえ、関係なかった貴族領でも魔獣は発生していた。数が少ないようだが、それでも遭遇しないことは女神の代理人という存在のせいだとアレスは考えているようだった。
「ただ、これから向かう領地は3年前のアイシャと関わりのあった貴族だ。魔獣は出ないと思うが、領地内は今までの領地と違うことを知っておいた方がいい」
「私と関わりがあった貴族」
いったいアイシャに何をした貴族なのか気になった。
「誰が私と関わっていたのか聞いてもいいですか?」
記憶がないアイシャでは名前を言われてもわからない。アイシャに何をした相手かだけでも知りたかった。
「・・・アイシャの身の回りの世話を任されていた侍女の一人だった」
少しためらってからアレスが教えてくれた。嫌な記憶を思い出すのではないかと心配していたようだが、今の説明だけでは何もわからなかった。
「何をしたんですか?」
「基本的な身の回りの世話だ。ドレスを着るのを手伝ったり、女神の代理人としての役目をするための準備を手伝ったりもしていたはずだ」
貴族の令嬢とはいえ高位貴族の侍女として働くことで嫁入り先を探すうえで拍が付く。そんな理由もあって女神の代理人の世話をすることは名誉なことで誇りに思うべきことなのに、その侍女はろくに仕事をしていなかった。アイシャの身の回りの世話をしなければいけないのに、放置したり適当なことをしていたらしい。アイシャが平民ということで下に見ていたのだろう。平民の世話をすることに屈辱を感じていたようで、女神の代理人としてアイシャを見ていなかった。
「アイシャ自身に危害を加えるようなことはしていなかったようだが、アイシャが困るようなことをしていたことはわかっている。まともに仕事をしていなかったこともわかっていたので、すぐに城を追い出された。そのあと領地に戻ったようだが、ずっと引きこもっている」
アイシャを傷つけた貴族としてその令嬢は領地内で知られていた。女神の代理人を丁重に扱わないことで女神の怒りが買ったと平民でさえ知っている状況なのだ。
周囲の目が怖くて引きこもったまま3年を過ごしていた。
「名前はエリー=デルタイ。デルタイ男爵家の長女だ」
領地の近さと、アイシャと年齢が近いことなどを理由に侍女として選ばれた。事前の調査で問題を起こした経験がないことで採用されたのに、アイシャが平民出身という理由だけで見下してしまった愚かな令嬢だ。
何をされたのか、名前を聞いてもアイシャは何も思い出せなかった。
「今現在も引きこもっているはずだから、顔を合わせることはないだろう。対応はすべてデルタイ男爵がしてくれる」
男爵には何も落ち度がなかった。それも踏まえて領地を通ることを決めたようだった。
「わかりました」
アレスの説明に納得してアイシャは男爵領へ入ることになった。何も思い出せなかったため、男爵令嬢がどんな人物なのか想像することができなかったが、アイシャを見下していた令嬢なら今もその気持ちは変わっていないのか少し気になった。引きこもっているのだから反省しているのか、それとも、ただ逃げているだけかもしれない。
どんな人なのか会ってみたい気もしたが、会わなくていいのならそれでもいいと思っていた。




