五十四話目
山が割れる。それは災害などというくくりではなく、天変地異として数えるべきことだろう。
山が割れるなどという天変地異を想定していなかったデハミッシュ王国のフェルケス領は、混乱に陥っていた。
なにせ、開戦の日の夜明けに天変地異が起きたのだ。農民や兵士は、その地鳴りによって目を覚まし、その轟音に怯える。
しかし。想定はしていなくとも、天変地異が起きることを把握していた者がいる。
「ダリエス王子。情報提供を感謝しよう。君が私に、私が臣下に伝えていなければ、混乱はもっと広がっていただろう。」
バリドゲニアは、目の前に整列している騎士団には聞こえないようにして呟く。
ダリエスからの情報を聞くや否やすぐに、宰相や将軍に伝達し、その情報は一気に騎士団の末端まで広まった。
騎士団の末端までいくと、情報に齟齬が生じていたり、信じられることなどなかったこともあって、兵士達までに伝わらなかったようだった。
それでも騎士団員は、自主的に夜が明ける前からフェルケス領外にて待機し、山が割れる瞬間を見届けた。
その後三十分もすると、兵士達も領外へと整列が終了していた。
バリドゲニアは、いよいよ開戦だと気を引き締めた上で、自軍を鼓舞する。
「シャィオシー王国にはランクS冒険者パーティ【晴嵐の刃】がついている。」
この一言で、ざわめきなど起こらないもののその場の雰囲気が変わった。
「山を割れる冒険者が、あの山の向こうにはいる。だが、勝利に導く冒険者はそこにはない。
それはそれは強いだろう。だがそれは、強いだけだ。……もう一度言おう。強いだけだ!
いくら強かろうとも!それは勝利の理由にはならない!」
ただシャィオシー王国の勝利を否定する。それだけのことだが、それだけでも効果は大きかった。
バリドゲニアは一呼吸置き、落ち着き払って話し出す。
「我々デハミッシュ王国は、シャィオシー王国に挑まれた。
フェルケス領ぐらいならば奪取できるだろう、そう思われた。
ならば、子々孫々の代になろうとも「デハミッシュ王国は敵に回すな」と思ってもらえなければ困る!
今回の戦争は、未来にも繋がる戦争だ!
フェルケス領に住む民の為にも!デハミッシュ王国に勝利を!」
短くとも力強い言葉は、その場にいた者達の心に響いた。
バリドゲニアの掲げた目標。勝利の一点に向かって騎士団員は、兵士達は、割れた山の向こうに待つ敵へと進軍していった。
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「チヒロさん!起きてくださいチヒロさん!」
「……ぁー……一体どうした……。」
地割れの轟音で飛び起きたアルメリアは、すぐにチヒロを起こしにかかった。
同じ部屋で寝ていたわけではないが、メイドだとか執事だとかよりはチヒロのほうが安心だとの判断だった。
「よく寝ていられますね!こんな大きい音が鳴ってるのに!」
「まず落ち着いてくれ……アルメリアの声のほうが大きい……。」
不安から、チヒロが起きない苛立ちへと声の性質が変わっているが、寝起きのチヒロにその機敏な声の変化など分かる筈もなく。
「まぁ……あと五分寝かせてくれ……。」
「早く起きてください!!」
「分かった分かった…………。」
掛け布団を剥がされたチヒロは仕方なくベッドから出て、掛けてあったローブに袖を通す。
「朝食はあるか?」
「夜明け前に朝食の準備ができていると思いますか!?」
「………………。」
チヒロは無言で、コップ一杯分のウォーターボールを二つ創り出して、自分とアルメリアの顔に当てた。
顔を洗うためにだが、アルメリアに対しては仕返しも兼ねている。
「冷たい!何するんですか!」
いきなり冷や水を掛けられたアルメリアは当然怒るが、チヒロは無言で同じことをする。
「だ「ビシャン!」冷たい!何「ビシャン!」ちょ「ビシャン!」……。」
四度目でようやく黙り、チヒロはすかさず話しかける。
「少し頭を冷やせ。こっちは寝起きなんだ。いきなりわーきゃー言われても困る。」
「だからって本当に冷や「ビシャッ!」……着替えてきます。」
「そうしてくれ。」
再び叫んだので、少し大きめのウォーターボールをぶつける。
アルメリアは自分が寝間着で、水で若干透けているのに気づき、部屋を出て行った。
まぁ、一番の理由はもう濡らされたくないことだろうが。どの季節でも夜明け前というのは若干寒い。その上で何度も冷や水をぶつけられたらたまったものではない。
「…………まぁ、朝食でも作るか。」
チヒロは水でビシャビシャの床を乾かしてから、調理場へと向かった。
お待たせしました。




