#7 練磨
さえずる声がした。スズメのものだと気付き、降棚練磨は目を覚ます。
練磨はフードを上げて、辺りを見渡す。太陽が上り始めており、東の空は薄明るい。午前四時頃だろう――そう、体内時計が告げていた。
練磨は、とあるビルの屋上にいた。ひゅう、と音を立てて風が吹く。まだ九月の上旬で、残暑の厳しい日々が続くが、今朝は例外らしく、冬とまではいかなくても、秋の気配は感じ取れた。
「……聞こえるな、足音が」
それは死期の。自分でなく、人でなく、国の。
練磨は、風の吹く屋上から、街を俯瞰する。コンクリートの建物は、芸術性もなく無造作に、アスファルトの上に林立している。――それを見て、この国は、廃れてしまったと思う。胸が締め付けられるような気持ちになった。
人の住む家は、その営みの象徴だ。コンクリートの建物は、その全てが重々しい。墓標よりも無味乾燥としている。人が住む家でなく、人を容れる箱としての機能しか有していない。壁や床に敷き詰められた断熱材、華美な内装、それら全ては欺瞞だ。豚小屋に入れる藁と大差ない。
まるでこれは、容れるだけ容れて、詰めるだけ詰めた、それだけの箱の配列だ。こんな中に容れられている人間が、本当の意味で生きているわけが無い。
たとえ襖の隙間風が寒くて、畳の硬い、古臭い一軒家であろうとも、そこには人が、人として作った家の想いがある。
営みにも同じ事がいえる。物に溢れ、便利になった世の中で、幸福になったと錯覚する。それが今のこの国の民の本質だ。
「それではならない」
あってはならない。これは、飼い殺されているのだ。平和に溺れ、猜疑を忘れ、危険に対して無頓着で、無警戒だ。危機感が、まるで足りていない。
宮沢賢治著『注文の多い料理店』を思い出す。猟師は猟犬を連れて山に狩りに出かけるが、獲物を一つも得られないでいた。やがて山は雰囲気が変わり、猟犬はその恐怖で死に、猟師は迷ってしまう。
そんな折、猟師はちょうど、山の中で料理店を見つける。中に入ると扉があり、注意書きが書いてある。指示に従ってコートを脱ぐと、また次の扉がある。ボタンを外し、香水をつける。その指示に、まるで違和感を持たず好意的に解釈し、最後の最後に気付く。それら全ての注文は、自分達を食べてしまうための下準備だったのだと。
あの話に出てくる猟師は、最後に、序盤で死んだはずの猟犬に助けられる。
あの話は、自然を軽視する人への警告だった。
だが、今のこの国において、あの料理店は自然ではなく、かの大国だ。この国は、気付かぬままに注意書きに従い、次の扉を開けている。
急がねばならない。最後の扉を開けてしまう前に。自分に塩を刷り込む前に。
危機感の足りていない主を、目覚めさせるのもまた、我々の仕事だ。
人を馬鹿にしたような鳴き声を捨て台詞に、カラスが飛び立った。
カラスが飛び立った場所を見る。時間を無視して放置されたゴミ袋が、カラスによって蹂躙され、ひどい様相を呈していた。まるで比喩だった。
意識が、自分の内から世界へと戻る。こうしてはいられない。一刻も早く『蓮灘の記録』を手に入れて、この国を目覚めさせなければ。
降棚練磨は決意を固める。この国に残された猶予は――扉は、あといくつなのだろうか?




