#8 朱莉
『最近、巷では珍妙な名前を付ける「キラキラネーム」が流行しています。例としては……』
女性アナウンサーが、快活な声で、そんな事を言っていた。その内容とは裏腹に、口調は明るい。
「正直なとこ、馬鹿馬鹿しいですよね。マスメディアが、こんなことを世の中に伝えなくちゃいけないなんて」
ほとんど無意識に、朱莉はテレビを見ながら、そう言った。それは、紛れもなく朱莉の本心である事を示していた。
「伝える必要があると、彼らが思うんだから仕方が無いさ。実際、これは僕も知って欲しいと思うけどね」
朱莉は、少しだけだが、意外に思った。
「やっぱり、角川さんでも変だと思うんですか?」
「ひどい言い草だな、朱莉くん。追求者であろうと、一般的な見解を持ち合わせてない訳じゃない……まぁ、追求者の中には、自分の曾孫に天皇みたいな名前を付ける人もいるらしいけど、それは例外だ。それに彼は名前に反して万能じゃない」
「なんの話ですか? それ?」
「ああ。ちょっと前に聞いた話さ。覚えておくといい」
覚えておいても、朱莉には関係がなさそうなので、とりあえず置いておく。
「それで、角川さんとしては、何が駄目だと思います?」
「もはや理解不能だね。子供にワケの分からない名前を付けられる親の気が知れない。なにを思って名をつけているのやら」
「でも、世界に一つしか名前だからとか、職場の人には覚えてもらいやすいんじゃないか、って言ってますよ」
テレビの受け売りを、そのまま祐輔に伝える。
「名前の意外性で覚えてもらうよりも、その実力で認めてもらおうよ……まぁいい。親の思いを込めることと、親の我侭を子に押し付けることは違うさ。前に話した、役職や、人の所属する名なら別として、人名が、その人物をそのままに表現している必要は無いだろう? そんな『名は体を表す』な人間は類まれさ。僕なら無難な名前をつけるね」
名が体を表す必要は無い――確かに、と朱莉は思った。実際、朱莉だって、明るい花のような、可憐な少女だという自覚は無いし、実際そうでもない。けど、別に自分の名前は、特別嫌いというわけでもない。
「私も……自分の名前、嫌いじゃないです。なんでですかね?」
「長い間付き合ってると、なんであれ、親しみを持つものさ。それが喩え、自分を脅かす存在であろうとね」
ストックホルム症候群というヤツだ、と祐輔は補足する。
「だから、人の名前が、本人の人格や自己同一性と直結している必要は無い。その名の意味は、周囲が勝手に付けてくれるさ。以前、人は名前の、それが冠する意味ではなく、それに付属する意味を気にする、という話をしたよね。けど、人名であれば、これはむしろ正常だよ。社会の中で生きていき、人が認めた自分、自分が見つけた自分、それを示す名前だ。だが……」
朱莉は、祐輔が次に、なにを言わんとしているのかを察した。
「何事にも例外がある、ですか?」
祐輔は首を縦に振る。
「……その通りだ。今の話に出てきた珍妙な名前さ。大して気にしないような無難な名前なら別として、あまりに珍妙な名前は、それこそ本人の人格を無視して、レッテルを貼るんだ。周りはその人物の名前を見て、人を見なくなる。人を示す物が、人を貶め、破滅させるなんて、おかしいどころの騒ぎじゃない。重要なのは、そんな事じゃないんだよ。人名は文字列じゃないんだ。たとえ他人と同姓同名……漢字が同じ、読みが同じでも、それが指し示す人物と、名に込められた思いの質感が違えば、それだけで違う意味なんだ。似てるから、というだけで一緒くたにするのなら、それは意味の本質を理解しようとしていないだけだ」
「ネーミングセンスは別として、親は心を込めて名前を付けてるんでしょう? それを角川さんは否定するんですか?」
そんなつもりは無いが、朱莉は、まるで擁護するような発言をした。だが、祐輔はキッパリと朱莉の言い分を否定する。
「それは違う。心を込めるっていう意味を履き違えてる。相手がそれをされて嫌かどうかを判断せず、自分の主観ばかりを押し付ける。それを心を込めるというのなら、エゴを欺瞞してるだけだ」
祐輔の言い分に、朱莉は、ぐうの音も出なかった。
「人の本質は、名前ではなく、その個人の人格によって決められるものだ。少なくとも、それを阻害するような名前は、好ましくないと僕は思うね」
反論できずに悔しい朱莉は、苦し紛れに捨て台詞を吐く。
「……角川さんも、たまには言い事、言いますね」
「『たまには』は余計だ、朱莉くん」
意外と効いたらしく、祐輔はそっぽを向いた。朱莉は内心でほくそ笑んだ。




