#14 朱莉
「……そういうこと」
神妙な顔をして、美羽は納得した。
朱莉は月曜日、昨日の祐輔と薫との会話から得た、薫の不自然さの原因を話した。
「流石に、詳しい事までは聞けなかったけど、蓮灘さんはその子の事で、ずっと悩んでたみたい……」
朱莉と対面する形で座る美羽は、す、と視線を机に落とした。
「なるほどね。けど、ちょっと意外だわ。まさか自分じゃなくて、他の人の事を考えていたなんて……まず、その人とはどうやって知り合ったのかしら?」
「やっぱり?」
薫は普段から不機嫌そうな調子だが、血が通っていない冷酷な存在ではない――そのくらいは、美羽も承知していただろう。だが、赤の他人のために何かを思い、動いたというのは、予想の範疇外だったようだ。
「けど、そういうことなら、少し納得もしたわ」
美羽は指先で、つるつるとした机の表面に円を描く。
「そう?」
そこは意外だった。ただ混乱するだけかと思っていたからだ。
「ええ。たぶん、その子には、貴女たちに似たものがあったのかも知れないわね」
「わ、私?」
美羽の台詞に、朱莉は混乱した。
「少なくとも認められてはいるじゃない。だからあの人も、貴女が接触する事は拒まないんでしょう? 以前の……瀬戸川布由希の時にも、助けに来たし」
「それは、そうだけど……でも、私とその人の共通点って何だろう? まさか、解創について知ろうとしてる人って事は無いだろうし……」
「貴女って、意外と鈍いわね。朱莉」
「え?」
鈍い――そう言われて、美羽がなにを言いたいのかを考えて――朱莉は誤解した。
「ちょ、美羽! 蓮灘さんは普通だって! そりゃ美羽の寛容さは認めるけど、蓮灘さんは違うよ!」
「? 何の話をしてるの? 野崎洋子、鈴切桐高、鳩間朱莉。形は違えど、貴女たち三人は、認められたからこそ、蓮灘薫に無視されてないんじゃないの」
「ああ、そういう……」
内心で美羽の紛らわしい言い方を非難しながらも、朱莉は自分の不純な思考回路を恥じた。
「けど、洋子は……たぶん、違う」
「そんなことはないわよ。確かに、野崎洋子を排除した原因は、角川に吹き込まれたからかもしれないけれどね」
「なんで、そんな事言えるの?」
「別に。なんとなく」
「えー、なんとなくって……」
何の根拠もなく、でたらめな事を言う美羽だったが――朱莉は、そうであって欲しいと思った。
「たぶん、いま蓮灘薫が見ているものは、彼女が認めたものなのよ。無視しないって事は、そう言うことでしょう?」
「まぁ、確かに……」
認めたからこそ、彼女はその人物と時間を共有している――美羽の発言は、的を射ているように思えた。だから朱莉は納得した。
そして同時に、少しだけ嫉妬した。自分よりも一緒にいた時間は短い美羽が、薫の事について、こうも確信を持って断言できる事に。
「なにができるんだろう? 蓮灘さんのために」
「野崎洋子の時、鈴切桐高の時、あなたは何をしたの?」
随分と過去の事のように思える。朱莉は意識して、以前の事を思い出す。
「洋子の時は逃げて、角川さんを呼びに行った。鈴切って人の時は……なにも、してない」
「それでいいんじゃないの?」
「え?」
何か、彼女の助けをしなくては――ずっと、そればかり考えていた朱莉にとって、それは盲点だった。
「できることがあればすればいいし、ないなら、見守ってあげればいいのよ。正直な感想を言うと、『蓮灘の記録』と一般人が同じ時間を共有していること自体、おかしいんだから。同じ立場にいられないのは当たり前よ。けど朱莉は、あの人の事を友達だと思ってるんでしょう?」
朱莉は――その指摘は、分かっていたとはいえ、朱莉の心を抉った。けれど、自然とそれは肯定できた。
「うん……私は」
「なら、今までやってきたように、蓮灘薫を思えばいいのよ」
美羽の言葉は、それで締め括られた。
本当に、それで良いのか――朱莉は、苦い思いを抱いた。――それは、悔しさだった。




