#18 朱莉
瀬戸川布由希に逃げられた数日後、朱莉は祐輔の元を訪れていた。同じように薫も来ていて、彼女は、とても不満そうだった。
追求者に逃げられたからだろう、と朱莉は単純に考えていた。単純に考えていると、当っていない事が多いのだが、こればかりは当っているらしく、
「なんで不機嫌なんだい?」
という祐輔の問いに、
「アイツに逃げられたからよ」
と答えたいた。嘘をつく理由は無いだろうから、本心だろう。
「鈴切の時といい、委員会って、なんでああも追うのが苦手なの?」
薫は、心底不満そうだった。
今回、裁定委員会は動く事が出来なかった。『人払い』が消えたため、人の目を誤魔化す事が出来なかったためだ。彼らにも人払いの解創を扱える物がいるが、いずれそれも解かなければならないし、一度不可解な現象を体験した人間が、再び『人払い』の影響を、最初と同じように受けるかというと、微妙だった。
「仕方が無いね。追撃する姿を目撃されて、話が広がる方が問題、と判断したんだろう。堅実だよ、彼らは」
逆に祐輔は、今回は一定の評価をしているらしかった。
「しかし、感覚の押し付けだけは出来ていたのか。やるね、瀬戸川布由希」
祐介が話を切り替える。朱莉は、そう言えば布由希が、祐輔とは知り合いだ、と言っていたのを思い出した。
「ああ。やっぱり知ってるんですね」
「ああ。顔見知りだ。彼女は根っからの追求者だからね。こう言うのもなんだが、朱莉くんには良い経験になっただろう」
「人の命の危機だったってのに、よくそんなこと言えるわね」
薫が自分の事を心配してくれていることに、朱莉は少々、戸惑いを覚えた。
「朱莉くんは追求者を知りたいんだ。なら、身を持って、こういう経験をすることも必要さ。で、どうだった? 朱莉くん」
どうだった? と訊かれても……朱莉は、ぎこちなく笑って誤魔化す。
「うーん……本心から言うと、あんまり分かんなかったです」
「確かに常人から見るとそうかもね。けど、考え方が根本的に違うんだ。追求者は自由を追求する。その為なら手段は選ばず、手段を行使するために、本来の目的を忘却することすら厭わない。なぜなら、それが解創を追求するための早道なんだからね」
解創を追求する。それが彼らが持つ行動原理だ。追求しない人間から見れば、彼らの行動が理解不能に思えるのは、当然の事だろう。
「ちょっと……嫌だな」
自然、朱莉は、そんな事を言っていた。
「どうしてだい?」
珍しく、祐輔は見透かしている風ではなく、心から尋ねていた。
「嫌っていう以外に、なんて表現したら良いのか分からないんですけど……洋子も、あんな考えをしてたんだったら……私、洋子の事を理解する自信が無いんです」
あれから少し考えていたが、結局、その結論しか出なかった。
三流とは言われていたが、朱莉の友も、あの瀬戸川布由希と似たような考え方をしていたのだとしたら――それは、朱莉の知っている洋子ではない。まるで彼女が、知らない彼女になってしまったのではないかと、疎外を感じて、憂鬱な気分になる。
「なるほど……朱莉くんの気持ちは分からなくもない。だがね、心配は要らないよ。すぐに彼らの感覚を理解できなくても、いいさ。じっくり考えて……それからで良いんだ。彼らの事を理解するということは、彼らと同じ視点に立つということでもある。同じ立場に立てば、おのずと分かってくるさ。確かに、人が物を見て抱く質感は違うかも知れない。けれど視点を同じくしようと努力すれば……理解しよう、共有しようすれば、いずれ、なんとなくでも分かってくるさ、彼らの感覚はね」
ふと見ると、祐輔は微笑んでいた。薫も、仏頂面から柔らかいものへと変わっていた。そうだ。焦る必要は無いな、と朱莉は思った。
一人の生徒としても、友人としても、同じ世界を共有していたんだ。あとは解創という、追求者という世界を共有すればいい。
視点の違いは埋まりつつある。洋子を理解する事は、そう、難しい事ではないのかもしれない。朱莉の心に、少しだけ希望の光が差し込んだ。




