#19 布由希
瀬戸川布由希は逃げていた。まさか、委員会に追われる失態を演じてしまうとは……。
こうなると残された道は、追求という名の研究を進めて成果を出し、それを交渉材料に委員会から『許し』を貰うことだった。こちらから司法取引を持ち掛けるようなもので、委員会が気に入りさえすれば、見逃してくれる可能性はある。
林の中を駆け抜ける。風の解創を何度も行使していく内に、だんだんと上手になってきていた。副次的な結果だが、これも得られた一つの結果か――なんて、布由希は少しでも自分を励ましてみる。
集中力が切れてきたので、布由希は地に足を付けて休憩する。休憩する中でも、歩みは止めない。できるだけ遠くに逃げて、それから態勢を立て直そう――そこまで、考えた時だった。
「見つけた」
落ち着いた、嗜虐に満ちた、女の声が後ろから聞こえた。
布由希は思わず振り返る。
その女は、白いカッターシャツに黒いスラックスという、シンプルな格好をしていた。
黒い髪はショートカット。特徴的な大きな目は、猫科の肉食獣を想起させる。細身で身長は百六十センチほど。それだけなら、駅前で通行人を観察していれば、一人や二人は見つかりそうだ。
「……って、なぁんだ。ただの追求者ね。ったく。糸島の野郎、私を残党狩りに駆り出せるなんて、良い度胸してんじゃん」
粗雑な口調と裏腹に、存在感は常軌を逸していた。
女性の身でありながら、纏うそれは暴君の風格。荒々しく、僅かとはいえ眉は怒りに歪んでいるというのに、挙動は艶かしくも、気品にも満ちている。
怒りながらに浮かべる微笑はどこまでも堂々としており、見る者を男女も年齢も立場も関係なく平等に、そして圧倒的に威圧する。ただ歩いているだけで足元をレッドカーペットと錯視させ、服装や化粧など関係なく、美しさと力強さを傍若無人に振り撒いている。
瀬戸川布由希は――いや、追求者の世界で有名な『あの事件』を聞いた事がある人間なら、誰もが知っている。
四年前――二〇一〇年。とある作り手主義の追求者の家を、一夜にして殲滅した裁定委員会実働部第十六課。その長を勤める裁定員――。
「鶴野温実……」
表情は不変のまま、名を呼ばれた裁定員は、自らの後ろに従えるモノに命令する。
願いは一つ――『我が命をそのままに』――叶えることのみ。
彼女の願いは、祈祷は、本来のそれを通り越し、物体に働きかける命令である。
瞬間、いつの間にか足元から染み出していた液体が、布由希の周囲を包み込む。
――いつの間に――!
布由希が気付いた時には、既に裁定員は自爆の指示を出している。
「爆ぜろ」
可燃性の監獄は煉獄と化して、中の囚人を火刑に処する。
一人の人間を爆心地に、灼熱の熱風が吹き荒れる。周囲の木々を薙ぎ払って押し倒す。
立ち上る火柱は、しばらくずっと燃え続けていた。
これで3章は終わりです。折り返し地点となる筈です。
明日から第4章となります。




