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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
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47/113

#9 朱莉


 帰り道。薫は普段はそれほど喋らないのに、一人いないだけで会話は成り立たなくなっていた。途中まで薫がいると、勢いというか、なんというか、そういうもので話が続くのだが、最初からいないと、こうも影響が出てしまうものらしい。

「朱莉、訊きたい事があるの」

 ついに沈黙を破ったのは、美羽の方だった。しかしいつもと違い、口調は真面目なものだった。

「なに?」

「あなたは、なんであの女と付き合っているの?」

 あの女というのが、薫の事を指しているのは明白だった。

「どうして?」

「貴女の目的は追求者について知ることでしょう? あの女は追求者じゃないわ。『蓮灘の記録』という作成物に過ぎない」

 確かに、言われて見ればそうなのかもしれないが、朱莉としては大した問題ではなかった。

「え……うーん……なんでだろう? でも、追求者と近いところにはいるし……」

「……ま、そうよね」

「木村さんは、蓮灘さんのこと、嫌いなの?」

「ええ。彼女が滅茶苦茶してくれたお陰で、私はこんな仕事させられてるワケだし」

 それについて――商店街での一件などについては、朱莉も幾分同意見だが、しかし薫の憧れを祐輔から聞かされている上、さらに裁定委員会が証拠隠滅のために焼却した、という、もう一つの事実も知っているため、諸手を挙げて……とはいかなかった。

「ま、彼女が暴れた事で生まれたメリットが、一つあるけど」

「え、なにそれ?」

 そんな事があっただろうか? ――と好奇心と猜疑心に駆られた朱莉は、先を急かす。

「それはほら、私が朱莉に会えた事」

 朱莉の表情が曇る。自分でも分かるくらいだった。

「……木村さん?」

「別に、おちょくってるわけじゃないのよ」

 歩道の青信号が点滅しているのに気づいたが、朱莉は走らずに無視する。

「おちょくってるんじゃなかったら、なんなの?」

「興味があったのよ。野崎洋子が言ってた友人って、どんな娘なのかなって」

 えっ? ――一瞬、朱莉の頭の中が真っ白になる。赤信号なのに横断歩道を渡りそうになり、危うくのところで急停止する。

「洋子に会ったの!?」

 驚愕で、思わず声が大きくなる。

「ええ。少しだけ話をしたわ。追求者について知った経緯を聞き出そうとしたんだけど、上手いことはぐらかされたわ。隠してるみたい」

 隠してる――いったい何があったのだろう? 自分の知らないうちに、洋子が変わった切っ掛けとは、なんだったんだろう……? 直接本人に尋ねれば分かるかと思っていたが、この様子だと、やはり今の方法――追求者について知る事で、推測していくしかないらしい。

「そっか……洋子は、どうしてるの?」

「ああ、今は――」

 美羽が続ける、その途中で、

「もしもし、ちょっといいかしら、お二人さん?」

 遮ったのは、女の声だった。朱莉は、声のした方向を見る。

 その女性は、年齢は三十代後半から四十代前半くらいで、薄く化粧をしていた。鷲鼻で、黒い髪は肩まで伸ばしていて、前髪を分けて額を出している。この年齢で白いワンピースが不釣合いではなく、大人独特の、落ち着いた雰囲気を醸し出しているのは不思議だった。

「なんでしょうか?」

 見知らぬ女性だ。何かの勧誘だろうか? 何でもかんでも悪い方向に疑ってしまうのは、現代人の悪い癖かもしれないな、などと思ってみる。

「ちょっと、行きたいところがあるんだけど……」

 女性は、ハンドバッグを肩から下ろす。その時、ふと朱莉の視線が下に落ちて――女性のスカートの端っこに、蚊が止まっている事に気がついた。流石に、叩くワケにはいかないので、みて見ぬフリをする。

 女性はハンドバッグから地図を取り出した。プリンタで印刷したものらしい。どこかの住宅街……朱莉の知っているところだった。ん? と、なにか違和感を覚えた。

「いいですよ、案内します」

 意外な事に、美羽は承諾してしまった。

「え、ちょっと……」

 たまらず、朱莉は反応してしまった。気まずい空気が流れる。悪い事をしたな、と思いながら、もう一度、女性の持っている地図を……正確には、それについている赤いバツ印を見た。

 朱莉は、はっとした。見た事があるなんて話ではない。目的地を示す赤いバツ印――それは、県営ヒルズマンションだった。印の傍には『805』と書かれている。

 角川祐輔。朱莉が初めて出会った追求者。彼の根城こそ、この県営ヒルズマンションである。

「話が早くて助かるわ」

 女が微笑む――朱莉は、ようやく理解した。この女性が追求者なのだと。


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