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第28話 街はうるさすぎる

街へ入って五分で、俺は感覚を三つ切った。


振動感知を半分。魔力感知を三割。聴覚膜は人間の会話域だけ残して高音と低音を落とす。


それでも情報が多い。


石畳を踏む何十人分もの足音、荷車の車輪、店先の呼び込み、鍛冶場の金属音。視界には文字、色、表情、道具、建物。魔力感知には魔道具と人間の体内魔力が重なって流れ込んでくる。


「ネクサ、大丈夫?」


「マチ、ウルサイ」


リナが笑った。


「森の方がうるさそうだけど」


「モリ、イミ、スクナイ」


森の音は分類しやすい。風、水、生物、危険。街の音には意味があるものとないものが混ざりすぎている。


人間はこんな環境で普通に会話し、買い物をし、道を歩いている。


《感覚を増やせば便利になると思ってたけど、捨てる技術も必要なのか》


感覚統合中枢へ新しい処理を加える。重要度の低い入力を一時的に弱め、意識へ上げない。


【感覚統合中枢:入力選別効率上昇】


視界が少し静かになった。


最初に向かったのは服屋だった。


今着ている服は全部借り物だ。リナが「街にいるなら最低限、自分の服くらい必要」と言う。


店主は俺の顔を見て固まったが、胸元の一時識別印とリナの説明で、どうにか店内へ入れてくれた。


問題は寸法だった。


「腕を上げてください」


言われた通りにする。


紐で肩幅を測られる。


次に腰。


「……さっきより細くなってません?」


「アワセル」


「合わせないでください」


また怒られた。


身体を服へ合わせると採寸の意味がなくなるらしい。


仕方なく、現在の人型形態を固定する。形態保存枠の一つを使っているため、細かな骨格位置は維持できる。


店主が首を傾げながら採寸を続けた。


「食事は?」


「イラナイ」


「汗は?」


「デナイ」


「寒さは?」


「マリョク、ヘル」


店主が採寸を止めた。


「服、いります?」


俺も少し考えた。


「シャカイニ、イル」


それで十分だったらしい。


外套、シャツ、ズボン、手袋、靴。目立たないものを選ぶ。色について聞かれたので、よく分からずリナへ任せた。


代金を提示されて、俺は固まった。


「カネ、ナイ」


「知ってる」


リナが財布を出す。


俺は止めた。


「カリル?」


「貸すでもいいよ」


借りれば返す必要がある。


返すには金がいる。


「カネ、ドウヤッテ、モラウ?」


ガドが笑った。


「働け」


分かりやすい。



服屋を出てから、俺は金を観察した。


銅貨、銀貨、大銀貨。金属の価値だけでは額面と一致しない。都市と国が価値を保証しているらしい。


前世では当たり前だった。今は、自分の身体に取り込めないものへ価値がついていることが妙に感じる。


屋台の前では肉が焼かれていた。


匂いは分かる。


味覚器官はまだ作っていない。


リナが串焼きを買う。


「食べてみる?」


「ショウカ、デキナイ」


「舐めるだけなら?」


その発想はなかった。


味覚を作るために食べる必要はない。舌に相当する感覚膜だけなら、他の生物を解析すれば再現できるかもしれない。


串焼きを見つめていたら、ガドが言った。


「食い物を研究対象みたいに見るな」


「ケンキュウ、デキル」


「できてもやめろ」


社会には禁止事項が多い。


その時、通りの反対側で小さな爆発が起きた。


青い煙が上がる。


人々は驚いたものの、逃げるほどではない。店から男が飛び出してきた。


「またか!」


魔力感知を向ける。


魔道具屋だった。


店内で一つの器具が不規則に明滅している。箱型で、内部に小さな魔晶と十数本の魔力導線。


《配線が一部焼けてる》


見ただけでだいたい分かった。


俺は店の入口まで近づいた。


男がこちらを見る。


「客なら後にしてくれ。冷却箱が死んだ」


「ナオセル、カモ」


「お前が?」


外套を少し開き、指先から細い魔導脈を一本だけ伸ばす。


男の顔が引きつった。


「何だそれ」


「オレ」


説明になっていない気もする。


箱へ触れていいか確認する。許可を得てから、焼けた導線を解析した。


冷却術式自体は単純だった。魔晶から一定量の魔力を取り出し、金属板へ流して熱を外へ捨てる。ただ、使用者が容量の大きい魔晶へ交換したせいで、細い導線へ過剰な魔力が流れたらしい。


俺が魔物の体内で経験したのと同じだ。


《分流すればいい》


店にある銅線を二本追加し、流れを三方向へ分ける。さらに俺の魔力嚢から少量を流し、負荷の偏りを確認する。


最初の試験で左側だけ熱くなった。


接続位置を変える。


二度目。


箱の内側がゆっくり冷え始めた。


店主が目を丸くした。


「お前、術式工か?」


「チガウ」


「魔道具師?」


「チガウ」


「じゃあ何なんだ」


「ミテ、マネタ」


余計に困惑された。


修理代として銀貨を三枚渡された。


初めて、自分で金を得た。


手の中で銀貨を転がす。


戦闘の報酬でも、魔物の素材でもない。俺の構造理解そのものに価値がついた。


《これは面白い》


金そのものより、交換の仕組みが気に入った。


店主は俺に興味を持ったらしく、壊れた魔道具をいくつか見せてきた。


点火具。照明。簡易浄水器。


全部構造が違う。


俺は危うく服を買う目的を忘れかけた。


その中に、一つだけ気になるものがあった。


棚の奥に積まれた黒い石片。


黒脈晶とは違う。魔力も弱い。


けれど、表面に走る配列の一部が似ている。


「コレ、ナニ?」


「ああ、廃晶か。魔力を通すと術式を壊すから使い物にならん」


「ドコ?」


「仕入れ先か? 東の旧中継遺構だよ。遺跡漁りがまとめて持ち込んだ」


俺は封印箱の中の黒脈晶を意識した。


微かに振動している。


棚の廃晶も、それに応じるように一度だけ震えた。


【未知構造間の共鳴を確認】


店主は気づいていない。


俺だけが感じた。


「ソレ、カウ」


「使えないぞ?」


「ツカワナイ。シラベル」


銀貨一枚。


初めて稼いだ金の三分の一が、数秒で消えた。


リナが呆れた顔をする。


「服より先に変な石を買った人、初めて見た」


「ヒト、チガウ」


「そこは反論するんだ」


残った銀貨で服代の一部を払い、足りない分は結局リナから借りた。


店を出る頃には日が暮れかけていた。


俺は新しい外套の内側で、廃晶と封印箱を別々に持つ。


東の旧中継遺構。


黒脈晶と似た構造を持つ石が出る場所。


街へ来て一日も経っていないのに、次に行きたい場所が決まった。


《人間の街も悪くないな》


強い魔物はいない。


代わりに、知らないものがそこら中に売られている。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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